弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務委託契約に変更されていても、なお労働者であると認められた例(自由な意思の法理の適用?)

1.労働契約から業務委託契約への切替え

 少し前に、ある企業が社員を個人事業主化することを発表して話題に上ったことがありました。

 その影響か、近時、労働契約(雇用契約)を業務委託契約(準委任契約)に切り替えられたという相談が増えているように感じています。

 労働契約と準委任契約とでは、その内容が大きく異なります。

 労働契約の場合、労働者は労働基準法や労働契約法をはじめとする各種労働法の保護を受けることができます。例えば、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められない限り、使用者から一方的に契約関係を解消されること(解雇されること)はありません(労働契約法16条)。

 他方、業務委託契約の場合、労働法の保護は及ばないのが原則です。業務委託者(仕事の発注元)が業務受託者(フリーランス、個人事業主)との間の契約を解除することは自由です。業務受託者は常に(いつでも)契約を解除されるリスクに晒されることになります(民法656条、同法651条1項)。

 もちろん、業務委託契約というラベルを張りさえすれば、労働法の適用を免れることができるわけではありません。就労実体からみて実質的に労働契約であるといえるような場合には、業務委託契約というラベルが貼られていたとしても、労働法の適用を主張することができます。しかし、契約の法的性質の解釈は表題から入るのが基本とされています。業務受託者の労働者性を立証するためには、かなりの費用・労力を投下して、訴訟などの重たい手続をとらなければならないことが少なくありません。

 労働契約を業務委託契約に切り替えられた人が相談に来るのは、大抵が仕事先から契約の解消を突き付けられた時です。業務委託契約であったとしても、上述したとおり、労働者性を立証して、契約の解消(解雇)は許されないと主張することは考えられます。しかし、最初から業務委託契約であった場合はともかく、労働契約から業務委託契約への切替えという過程が踏まれている場合、労働者が自分の判断で業務受託者になったかのような外形が生じていることが多々みられます。このような外形は、しばしば労働者性を主張するにあたっての障害になってきました。

 ところが、近時公刊された判例集に、業務委託契約への変更というプロセスが踏まれていても、なお労働者性が認められた裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.5.20労働判例ジャーナル126-14 GT-WORKS事件です。

2.GT-WORKS事件

 本件で被告になったのは、建築士事務所の経営、土木施工管理、一般労働者派遣事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、平成16年~平成17年頃、被告との間で労働契約を締結し、被告の取引先の現場事務所等において土木工事の施工管理業務等を担当していた方です。

 本件の原告は、時間外労働に従事したにも関わらず割増賃金が支払われていないとして、割増賃金の支払等を求める訴えを提起しました。

 これだけなら普通の事案なのですが、本件の特徴は業務委託契約への切替えが絡んでいることです。具体的には、次の事実が認定されています。

(裁判所の認定事実)

「被告代表者は、平成23年3月頃、原告に対し、原告との間の労働契約を業務委託契約に変更する旨の話を持ち掛け、原告は、これに応じる形で、被告との間の契約の形式を労働契約から業務委託契約に変更することとして、同年4月分以降については、被告に対して業務対価を請求するに当たり、請求書を発行するようになった(甲9、原告本人、被告代表者)。」

 本件では、このように、業務委託契約への切替えというプロセスが介在していても、なお原告に労働者性を肯定することができるのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を肯定しました。

(裁判所の判断)

原告は、平成23年3月頃、被告代表者からの求めに応じて、被告との間の契約の形式を労働契約から業務委託契約に変更することに合意し、同年4月以降、被告に対して業務対価を請求するに当たり、請求書を発行するようになったものであるが・・・、上記経緯をもって直ちに当事者間の契約の法的性質が労働契約ではなく業務委託契約になったものと認めることはできない。契約の法的性質の判断に際しては、当該契約の内容を実質的に検討することが求められる。

「ここで、労働契約法2条1項、6条、労基法9条1項等の規定に照らせば、労働契約とは、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供し、使用者がその対価としての賃金を支払う契約であるといえる。そして、ある契約が労働契約であるか否かの判断は、上記の意味における実質的な使用従属性の有無を、労務提供の形態、報酬の労務対償性及びこれに関連する諸要素を勘案して総合的に検討されるべきものである。」

「以下では、原告が被告の指揮命令に従って労務を提供し、被告がその対価として賃金を支払っていたといえるか否かについて検討する。」

「被告は、NIPPO等の取引先との間で、各取引先の管理する現場における業務に従事させる労働者を被告に在籍させたまま出向させる旨の契約を締結しており、上記契約に基づき、原告をNIPPO等の取引先に出向させ、かつ、原告に対し、当該業務の対価を支払っていたものであるところ、こうした取扱いは、平成23年4月の前後で全く変更されることはなかった・・・。すなわち、原告は、平成23年4月の前後を通じて、被告の指示に従い、被告の取引先の管理する現場において、出向先である被告の取引先によって具体的に定められた業務に従事していたものといえる。」

「ここで、上記のように、被告がその取引先に対して原告を出向させていたという経緯に鑑みれば、被告が原告に対して業務遂行方法に係る細かい指示をしなかったのは性質上当然のことであるから、本件の事実関係の下においては、この点のみをもって原告が被告の指揮命令に従って労務を提供していた可能性を否定することはできない。」

「原告は、平成23年4月の前後を通じて、被告の取引先の管理する現場における業務に従事した際には、『出勤管理表』と題するフォームに始業時刻、終業時刻、時間外・休日・深夜労働時間、従事した業務の内容、作業従事場所等の情報を入力し、被告の取引先の責任者による確認を経た上で、これを毎月末に被告に対して提出していた・・・。そして、被告の発行していた給与明細書上の『休日勤務時間』欄及び『普通残業時間』欄の時間数は、多少のずれはあったものの、原告が被告に対して提出していた上記の『出勤管理表』上の休日労働時間数及び深夜労働時間数と概ね整合するものであった・・・。このことからすれば、被告は、その取引先の責任者による確認を経た上で原告から提出される『出勤管理表』を用いて、原告の出退勤及び勤務時間の管理を行っていたものといえる。」

「原告は、被告の取引先の指示に従い、上記取引先の管理する現場における業務に従事していたものであるところ、午前中から業務に従事する場合には午前8時に業務を開始し、夜間の業務に従事する場合には午後6時又は午後9時に業務を開始し、夜間の業務に従事した翌日には午後2時に業務を開始していた・・・。以上のように、原告は、業務開始時刻に係る裁量を有しておらず、各勤務日において、一定の時刻までに業務を開始することを義務付けられていたものといえる。」

「他方、原告の業務終了時刻は日によってばらつきがあり、原告は、各作業従事日にどこまでの作業を済ませておくか等の事項について、ある程度の裁量を有していたものといえる。しかし、原告は、午前8時に勤務を開始した日については、午後5時より前に業務を切り上げて帰宅することはなかったのであって・・・、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、原告が業務に従事するに当たり、当日に行うべき業務の内容を自らの自由裁量によって決定し、それが完了すれば直ちに帰宅することまで許容されていたものと認めることはできない。また、原告が勤務日を自由に決定していたものと認めることもできない。」

「そうすると、原告は、被告の指示の下で被告の取引先の管理する現場において業務に従事するに当たり、勤務日及び勤務時間についての拘束を受けていたものといえる。」

「被告も認めているとおり、原告が被告の取引先の管理する現場において業務に従事するに当たり、自らが雇用した第三者を派遣することや、自らの判断で補助者を使用することは許容されていなかった。すなわち、原告につき、労務提供の代替性はなかったといえる。」

「原告は、平成23年4月以降、被告に対して請求書を発行していたが、上記請求書の費目のうち、「施工管理業務等」の金額は、原告が行った業務の量及び内容にかかわらず、毎月全く同じ金額(平成28年7月以降においては34万円)であった・・・。そして、被告は、平成25年4月以降、原告に対して給与明細書を発行するようになったが、上記給与明細書の『基本給』欄及び『家族手当』欄の金額は、それぞれ、30万円及び4万円であり、その合計額が原告の発行する請求書の『施工管理業務等』の金額に合致するものとなっていた・・・。このことからして、原告と被告との間においては、被告が原告に対して毎月少なくとも34万円を報酬として支払うとの合意がされており、被告は、原告が完遂した業務の量や内容ではなく、原告が一定期間において労務を提供したことの対価として報酬を支払っていたことがうかがえる。上記請求書上の『施工管理業務等』の費目は、まさに、労働契約における基本給に対応するものであったといえる。」

「加えて、前記・・・において説示したとおり、被告は、その取引先の責任者による確認を経た上で原告から提出される『出勤管理表』を用いて、原告の出退勤及び勤務時間の管理を行っていたものであるところ、被告は、これを踏まえて、『普通残業手当』、『休日勤務手当』等の名目で所定労働時間外に労務に従事したことの対価と見られる報酬を支払っていた・・・。このことも、被告が原告に対して支払っていた報酬が労務提供の対価であったことを裏付ける事情となる。」

「そもそも、原告が被告に対して発行していた請求書の金額と被告が原告に対して発行していた給与明細書の『支給合計』欄の金額、すなわち、被告が原告に対して実際に支払っていた金額とは必ずしも合致するものではなかったから・・・、被告が原告に対して支払うべき報酬額を決定するに当たり、上記請求書の記載が重視されていたとは考え難い。よって、本件の事実関係の下においては、原告から被告に対して請求書が発行されていた事実に重きを置くことはできない。」

「なお、被告は、原告が担当している現場とは別の現場の図面を作成することを原告に依頼するに当たり、原告に対し、『特別手当』の名目で一定の金員を支給することがあったが・・・、使用従属性を前提とする労働契約においても、使用者が労働者に対して通常業務に加えて別途特別な業務に従事させる場合、当該業務の対価を基本給に上乗せして手当として支払うこともあり得るものであるから、上記の『特別手当』の支給の事実のみをもって、報酬の労務対償性が否定されることにはならない。」

「以上の諸要素を勘案すれば、原告は、被告の指揮命令に従って労務を提供していたものということができ、報酬の労務対償性も認められるから、原告と被告との間の契約は、労働契約としての性質を有するものと解するのが相当である。」

「これに関し、被告は、既に検討した業務終了時刻の裁量の点、『特別手当』の支給の点に加えて、〔1〕原告に業務指示に対する諾否の自由があったこと、〔2〕原告と被告との交渉により『出張手当』の支給が決まったこと、〔3〕原告が自らの意思で業務委託契約への変更を選択し、確定申告等も行っていたこと等に照らせば、原告の労働者性は否定されるべきである旨主張する。」

「しかし、原告が被告からの業務指示を自由に拒否することが可能であったものと認めるに足りる証拠はない。被告が原告に対して業務を依頼するに当たり、その当時における原告の繁忙度等を原告に尋ね、原告の回答を踏まえて新たな業務の依頼を控えるということはあったかもしれないが、そのような態様による労働者の業務量の調整は、使用従属性を前提とする労働契約においても一般的にあり得ることである。」

「また、原告が徳島県の現場において業務に従事するに当たり、被告との間で交渉が行われ、それによって『出張手当』の支給が決定されるとの出来事もあったが・・・、労働条件が当事者間の交渉によって変更されることがあり得るのも当然のことであるから、上記の事情は原告の使用従属性を否定するものとはいえない。」

「そして、前記・・・のとおり、使用従属性の有無は、労務提供の形態、報酬の労務対償性及びこれに関連する諸要素を勘案して総合的に検討されるべきものであって、労務提供の形態、報酬の労務対償性等に係る実態面の変化がないにもかかわらず、形式的に労働契約が業務委託契約に変更され、その後に原告が確定申告をするようになったとの事実・・・を重視して使用従属性を否定することはできない。そもそも、後記・・・においても検討するとおり、原告が、被告との間の契約の形式を労働契約から業務委託契約に変更したことにより、建連国保への加入を余儀なくされ、建連国保及び国民年金の保険料を全額負担せざるを得なくなったこと・・・にも鑑みれば、原告が自由な意思に基づいて上記の契約の形式の変更に同意したものと容易く認定することもできない。

「以上のとおりであって、原告は、被告の指揮命令に従って労務を提供していたものであり、報酬の労務対償性も認められるから、原告と被告との間の契約は、労働契約に当たるものというべきであり、これに反する被告の主張は採用できない。」

3.業務委託契約への切替え事案での労働者性肯定例/自由な意思の法理の適用?

 本裁判例には二つの点で注目しています。

 一つは業務委託契約への切替事案でありながら労働者性が肯定されていることです。

 社員の個人事業主化は、今後、社会問題化する可能性が高いと思っています。適切な法的検討が経られないまま、漫然と個人事業主化されている事案は、今でさえ多く見られます。この動きは加速することはあっても、緩まることはないと思います。業務委託契約に切り替えられた人が、「こんなはずではなかった」と労働者性を争うにあたり、本裁判例は先例として大いに参考になります。

 もう一つは、自由な意思の法理の適用が示唆されている点です。自由な意思の法理というのは、最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件のように、合意の効力を「当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か」という観点から問題にし、合理的理由が否定される場合に合意の効力を否定する法理です。錯誤、詐欺、強迫といった意思表示上の問題点がなかったとしても、合意の効力を否定できる労働法独特の法理です。この裁判例では明示的に言及されているわけではありませんが、赤字部分は自由な意思の法理の適用を彷彿とさせます。業務委託契約への切替えに自由な意思の法理が適用されるとすれば、不本意な切替えを強いられた方が救済される範囲は大きく広がることになります。

 本裁判例は、フリーランスの労働問題を考えるにあたり、極めて重要な裁判例として位置付けられます。