弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務委託契約扱いされていた労働者からの国民健康保険料の半分に相当する額の損害賠償請求が認められた例

1.労働者性が争われる事件

 労働者かどうか(労働基準法、労働契約法をはじめとする労働法の適用があるか)は契約の名称によって決まるわけではありません。就労の実体で決まります。したがって、業務委託契約(準委任契約)という表題のついた契約書のもとで働いていたとしても、実質において労働者のような働き方をしていた場合、自分は労働者であるとして労働法上の諸権利を行使することができます。

 業務受託者が労働者性を主張する場面としては、従来、契約関係の解消の効力を争う場面、割増賃金を請求する場面、労働者災害補償保険法(労災)の適用を求める場面などがありましたが、近時公刊された判例集に、一例を加える裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令4.5.20労働判例ジャーナル126-14 GT-WORKS事件です。どのような点が目新しいのかというと、業務委託者(使用者)に対する国民健康保険料の半分に相当する額の損害賠償請求が認められているところです。

2.GT-WORKS事件

 本件で被告になったのは、建築士事務所の経営、土木施工管理、一般労働者派遣事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、平成16年~平成17年頃、被告との間で労働契約を締結し、被告の取引先の現場事務所等において土木工事の施工管理業務等を担当していた方です。

 本件の原告は、業務委託契約に基づいて稼働していましたが、自らが労働者であると主張して、割増賃金や付加金、被用者保険に加入していれば免れたはずの保険料相当額の損害賠償金の支払いを求める訴えを提起しました。これは健康保険の場合、保険料が労使折半とされていることに対応したものだと思われます(健康保険法161条参照)。

 保険料相当額の損害賠償請求との関係での原告の主張の骨子は、

「原告と被告との間の契約は労働契約であるところ、被告は法人であり、健康保険及び厚生年金保険の適用事業者であるから、被告は、原告の被保険者資格の得喪を各保険者に届け出る義務を負う。しかし、被告は、原告を個人事業主として取扱い、原告が被保険者資格を喪失したとして虚偽の届出をしたものであるから、被告は、上記義務を怠ったものといえる。上記の被告の行為は、労働契約上の債務不履行を構成する」

というものでした。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

・被告による債務不履行の有無

「健康保険法3条3項所定の適用事業所の事業主は、同法48条に基づき、健康保険の被保険者の資格の取得及び喪失等の事項を届け出る義務を負うものであるところ、この届出義務は、単なる公法上の義務にとどまらず、労働契約の当事者である使用者は、労働者に対し、労働契約に付随する信義則上の義務として、上記届出を適正に行うべき義務を負い、同義務を怠った場合には、労働契約上の債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。

「これを本件についてみるに、弁論の全趣旨によれば、被告が健康保険法上の適用事業所であることは容易に認められ、かつ、前記・・・で認定・説示したとおり、原告と被告との間の契約の法的性質は労働契約であるから、被告は、原告の被保険者の資格の取得及び喪失等の届出を適正に行うべき義務を負う。そして、被告が上記義務を怠ったことは明らかであるから、被告は、原告に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。」

(中略)

・原告の損害額

「原告は、自ら建連国保に加入し、保険料を納付したことによって、保険給付を受ける地位を取得したものであるが、原告が上記のような行動を取らざるを得なかったのは、被告が原告との間の契約を労働契約から形式的に業務委託契約に変更し、原告が健康保険の被保険者資格を喪失したものとしてその旨の届出をしたことによる。そして、原告が建連国保に加入して平成25年4月以降に納付した保険料の額は、合計237万2600円であった・・・。

そうすると、被告が健康保険被保険者資格届出義務の違反を理由として負担すべき原告の損害額は、上記金額の2分の1に相当する118万6300円を下らないというべきである。」 

3.国民健康保険と健康保険は別物であるが・・・

 国民健康保険と健康保険とは本来別物です。

 国民健康保険は国民健康保険法に根拠があり、健康保険には健康保険法に根拠があります。根拠法が異なるうえ、保険料も異なり、国民健康保険料として支払った額の半額が健康保険に加入できていたなら支払を免れていたであろう金額と一致するとは、必ずしもいえないように思われます。

 しかし、この裁判例は、国民健康保険料の半額の損害賠償を認めました。原告が自ら加入したという県連国保とは、国民健康保険組合の一種です。国民健康保険法13条は、

「国民健康保険組合(以下「組合」という。)は、同種の事業又は業務に従事する者で当該組合の地区内に住所を有するものを組合員として組織する。」

「2 前項の組合の地区は、一又は二以上の市町村の区域によるものとする。ただし、特別の理由があるときは、この区域によらないことができる。」

と規定しています。国民健康保険は、都道府県が市町村とともに行うもの(国民健康保険法3条1項)だけではなく、一定の地区内にいる同業者団体が組織・運営するものもあります。建連国保というのは、後者の同業者団体として組織されたみたいです。

国保組合のご紹介-プロフィール|建設連合国民健康保険組合

 原告が加入した建連国保も国民健康保険法に根拠があるもので、納めた保険料は国民健康保険料だといっても良いのではないかと思われます。

 こうして裁判所は納めた国民健康保険料の半額相当の損害賠償請求を認めました。これは逸失利益の計算について「健康保険に加入したと仮定していたら・・・」といった難しい計算をすることなく、概算で請求を行うこことを認めたに近い扱いであるように思われます。

 国民健康保険料は結構な額になるため、労働者性を争う事件では、こうした請求を付加できる可能性がないのかも検討する必要がありそうです。