弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学非常勤講師の労働者性が否定された例

1.大学非常勤講師

 大学非常勤講師の方は、不安定な働き方を強いられている例が少なくありません。

 大学との間で交わされている労働契約は、雇用期間が細分化されていたり、賃金が極端に低かったりすることが多くみられます。

 それでも、労働契約が結ばれていればまだいい方で、業務委託契約(準委任契約)を交わして労働法上の保護を全く受けられないまま働いている人もいます。

 過酷な働き方であったとしても、研究者にとって大学に所属していることには大きな意義があります。そのためか、契約関係の解消の可否をめぐる紛争は、かなりの件数発生しています。

 近時公刊された判例集にも、業務委託契約の解消の可否が争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令4.3.28労働判例ジャーナル129-28 国立大学法人東京芸術大学事件です。

2.国立大学法人東京芸術大学事件

 本件で被告になったのは、東京芸術大学を設置、運営する国立大学法人です。

 原告になったのは、平成13年4月1日以降、被告の音楽学部声楽科で非常勤講師をしてきた方です。平成15年度までは1年間の任用期間の更新により(平成16年4月1日に国立大学法人法の施行により、非公務員化)、平成16年度から平成29年度までは期間1年の有期の委嘱契約を締結し、オペラ合唱、オペラ実習等の講義を担当していました。平成30年度、平成31年度は演奏芸術センターの非常勤講師の委嘱を受け(本件契約)、劇場芸術論及び劇場技術論(本件各講義)の担当教官を務めていました。令和元年12月3日、被告は、原告に対し、予算の都合により令和2年度の委嘱契約は締結しないことを伝えました。これを受けた原告が、本件契約は労働契約であり、労働契約法19条所掲の雇止め法理が適用されるとして、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の労働者性について、裁判所は、次のとおり判示し、これを否定しました。結論としても、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

・労契法上の『労働者』の意義及びその判断枠組みについて

「労契法は、『労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する』(同法6条)ものと規定し、上記の『労働者』を『使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。』(同法2条1項)と定めていることを踏まえると、本件契約に関し、原告が労契法2条1項の『労働者』に該当するか否かは、本件契約の内容、本件契約等に基づく労務提供の実態等に照らし、原告が被告の指揮監督下において労務を提供し、当該労務の提供への対価として償金を得ていたといえるか否か(原告と被告との間に使用従属関係が存在するといえるか否か)という観点から判断するのが相当である。」

・原告の労働者性の有無について

「前記・・・・の前提事実及び上記・・・の認定事実(以下、これらを併せて『前提事実等』という。)によれば、原告は、平成13年4月から令和2年3月までの間、任用行為又は有期契約の更新を繰り返しながら非常勤講師として被告大学の音楽教育に継続的に携わっていたこと、本件契約に基づき、平成31年度(令和元年度)に被告の演奏芸術センターにおいて開講されていた本件各講義の担当教官に任ぜられていたこと、本件各講義の共通テーマは被告によって決定されて授業計画書(シラバス。乙1、15)にも記載され、原告は予定された講義日程に従い、指定された『指揮、オペラ制作』に関する座学等を内容とする授業を前期・後期ごとに各2回(合計4回。なお、前期日程の第1回目のガイダンスを内容とする授業を除く。)行うことを指示されていたこと、原告は、本件各講義の担当教官として、同講義の運営を主導していたP6講師の業務の補佐を指示されており、その一環として、他の外部講師が担当していた授業にもオブザーバーとして出席していたこと、原告は被告大学から提供された共用のデスク及びパソコンを実質的には一人で使用しており、被告大学のドメインが付されたメールアドレスの使用権限も与えられていたこと、本件契約に係る委嘱料は給与名目で原告に支払われていたことが認められる。」

「他方で、前提事実等によれば、

〔1〕本件各講義で予定されていた各授業の具体的な方針や授業内容については外部講師とP6講師の協議により決定されており、原告が担当する授業(指揮・オペラ制作)の具体的な方針や内容も原告の裁量に委ねられていたこと、

〔2〕原告は本件各講義の担当教官の一人ではあったが、外部講師の選定やスケジュール調整等のほか、学生に対する試験の実施・評価といった単位認定に関する事務など本件各講義の運営の根幹に関する事務はP6講師が主導的に担当しており(なお、証拠(甲9、10)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、自身が実施した授業に関して学生にレポート作成を課して提出させていたことが認められるが、これらが本件各講義を受講した学生の成績評価の資料として提出されたものであるかは不明といわざるを得ない。)、P6講師の補佐業務の遂行に当たっても被告から具体的な指揮命令等を受けていた形跡はなく、また、他の外部講師が担当する授業へのオブザーバー参加に関しても出席の頻度は全体の7割程度にとどまっていたこと、

〔3〕被告大学の教授、准教授、専任講師等は、被告との間で労働契約を締結し、専門型裁量労働制を適用されて所定労働時間労働したものとみなされていたのに対し、原告は、担当ないし出席する授業の時間帯及び場所が指示されていただけで、特に始業時間及び終業時間等の勤務時間の管理を受けておらず、他の外部講師が実施する授業に遅刻、早退又は欠席をする場合であっても被告による事前の許可あるいは承認が必要とはされていなかったこと、

〔4〕本件契約により原告が得た収入は1年間で約57万円と生計を維持する上ではいささか僅少であるといえ、また、給与所得者であれば給与所得から控除されることになる社会保険料の徴収はされておらず、他の外部講師が担当する授業に欠席等をしたことを理由に本件契約に係る委嘱料が減額されるといったこともなかったこと、

〔5〕被告の専任講師等らが本件就業規則及び本件兼業規則により職務専念義務や兼業に関する制約を課されていたのに対し、原告は、被告から許可を得ることなく兼業をすることが可能とされており、現に演奏芸術センター以外の被告大学の部局や被告以外の団体からも業務を受託して報酬を得ていたことが認められる。加えて、原告が被告の教授、准教授、専任講師等の専任講師らと同様に本件各講義に係る業務以外の被告の組織的な業務に従事していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。」

「以上の諸事情を総合すると、被告は、原告に対し、被告大学における講義の実施という業務の性質上当然に確定されることになる授業日程及び場所、講義内容の大綱を指示する以外に本件契約に係る委嘱業務の遂行に関し特段の指揮命令を行っていたとはいい難く、むしろ、本件各講義(原告が担当する授業)の具体的な授業内容等の策定は原告の合理的な裁量に委ねられており、原告に対する時間的・場所的な拘束の程度も被告大学の他の専任講師等に比べ相当に緩やかなものであったといえる。また、原告は、本件各講義の担当教官の一人ではあったものの、主たる業務は自身が担当する本件各講義の授業の実施にあり、業務時間も週4時間に限定され、委嘱料も時間給として設定されていたことに鑑みれば、本件各講義において予定されていた授業への出席以外の業務を被告が原告に指示することはもとより予定されていなかったものと解されるから、原告が、芸術の知識及び技能の教育研究という被告大学の本来的な業務ないし事業の遂行に不可欠な労働力として組織上組み込まれていたとは解し難く、原告が本件契約を根拠として上記の業務以外の業務の遂行を被告から強制されることも想定されていなかったといえる。加えて、原告に対する委嘱料の支払と原告の実際の労務提供の時間や態様等との間には特段の牽連性は見出し難く、そうすると、原告に対して支給された委嘱料も、原告が提供した労務一般に対する償金というよりも、本件各講義に係る授業等の実施という個別・特定の事務の遂行に対する対価としての性質を帯びるものと解するのが相当である。以上によれば、上記・・・の事情を原告に有利に考慮しても、原告が本件契約に基づき被告の指揮監督の下で労務を提供していたとまでは認め難いといわざるを得ないから、本件契約に関し、原告が労契法2条1項所定の『労働者』に該当するとは認められず、本件契約は労契法19条が適用される労働契約には該当しないものというべきである。したがって、本件契約につき労契法19条の適用がある旨の原告の主張は、採用することができない。

3.働く人が排除された事案であるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、原告の方の労働者性を否定し、その請求を棄却しました。

 本件は労働者側敗訴の事案ではありますが、業務委託契約で働いている研究者からの労働者性の主張が通るのか否かを判断するにあたり、重要な先例として位置付けられます。