1.健康保険に加入させてもらえないという問題
健康保険法上の「被保険者」は「適用事業所に使用される者及び任意継続被保険者をいう」と定義されています(健康保険法3条1項参照)。
事業所との間で業務委託契約を締結し、個人事業主として働いている人は「使用される」関係にないため、健康保険の被保険者にはなりません。
しかし、業務委託契約など雇用以外の法形式がとられていたとしても、実質的に労働者と変わらないような働き方をしている人は、少なくありません。こうした疑似労働者の方々は、適用事業所に「使用される」関係にあるにも関わらず、事業所側が「使用される」関係にあるとは認識しないため、健康保険法上の蚊帳の外に置かれることになります。
それでは、こうして蚊帳の外に置かれた疑似労働者の方が、自らの労働者性を主張して、事業所側に対して、慰謝料等の損害賠償を請求することはできないのでしょうか?
この問題を考えるにあたっては、幾つかの問題があります。
主なものを挙げると、
健康保険に加入させる義務は公法上の義務であるところ、これを個々の労働者に対する私法上の義務としても構成できるのか、
被保険者資格は健康保険法上の確認請求(健康保険法51条、同法39条)によって取得可能であるにもかかわらず、損害賠償請求まで認める必要があるのか、
損害はどのように構成されるのか、
といった問題があります。
そのため、疑似労働者による労働者性の主張が認められたとしても、それだけで直ちに健康保険未加入を理由とする損害賠償請求まで可能になるわけではありません。
昨日、一昨日とご紹介している名古屋地判令元.9.24 名古屋高判令2.10.23労働判例1237-18 NOVA事件は、上述のような議論状況のもと、疑似労働者による健康保険未加入を理由とする損害賠償(慰謝料)請求を認めた事案としても意義があります。
2.NOVA事件
本件は著名な英会話教室の英会話講師として働いていた原告(被控訴人)らが、勤務先である株式会社NOVAを被告(控訴人)として、
原告らと被告との間の契約は、形式上業務委託契約とされていたが、実質的には労働契約である、
労働者であるのに、被告は年次有給休暇を請求させてくれなかった、
労働者であるのに、被告は健康保険に加入させてくれなかった、
と主張して、不法行為などの法律構成をとり、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起した事件です。
一審裁判所は、原告らの労働者性を認めたうえ、健康保険の未加入をめぐる問題について、次のとおり判示しました。なお、この判示は、控訴審でも取り消されることなく維持されています。
(裁判所の判断)
「健康保険法3条3項各所定の適用事業所の事業主は、健康保険法48条に基づき、健康保険の被保険者の資格取得等の届出をすべき義務を負うものと規定されるが、この届出義務は、単なる公法上の義務にとどまらず、労働契約の当事者である使用者は、労働者に対し、労働契約に付随する信義則上の義務又は不法行為上の作為義務として、上記被保険者資格得喪等の届出を適正に行うべき義務を負い、同義務を怠った場合は、労働契約上の債務不履行責任又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。」
(中略)
「これらの事情を総合的に勘案すると、少なくとも原告X1以外の原告らについては、短時間労働者として被保険者から除外するということは相当ではなく、健康保険法上の被保険者に当たるというべきである。」
「そうすると、被告は、原告X1以外の原告らについて前記届出義務を怠ったことについて、労働契約上の債務不履行責任又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うものといわざるを得ない。」
「そこで、損害の有無及び損害額について検討するに、原告X2、原告X4、原告X5については、国保料の全額を経済的損害として計上しているものの、健康保険でも保険料の半額は労働者が負担しなければならないことに照らすと、国保料の全額を損害としてみるのは相当ではなく、国保料の負担については慰謝料算定の一事情として考慮するに留めるのが相当と思料される。」
「また、原告X3及び原告X6については、被告の上記届出義務違反により、無保険状態という不安定な状況におかれたことは否定できないものの、これにより具体的にどのような不利益を被ったのか明らかでないこと、健康保険の保険料の負担をしていないことも考慮すると、原告らが主張するような1人50万円もの慰謝料を認めるのは相当ではない。」
「これらの検討に原告らの被告での各在籍期間その他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を勘案して、原告X4について15万円、原告X2及び原告X5について各10万円、原告X3及び原告X6について各3万円の限度で慰謝料額を認めるのが相当である。」
3.金額は少ないが・・・
上述のとおり、健康保険に加入させてもらえなかったことについて、裁判所は慰謝料請求を認めました。金額は僅少ですが、疑似労働者の保護に資する判断を示した裁判例として参考になります。