弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

疑似労働者に対する有給休暇の取得妨害の認定

1.擬似労働者への年次有給休暇の取得妨害

 労働者の年次有給休暇の取得を妨害することは、不法行為を構成することがあります。ここでいう取得妨害とは、典型的には、労働者の年次有給休暇を取得する意思表示に対し、「事業の正常な運営を妨げる場合」(労働基準法39条5項)でもないのに、これを拒むことが考えられます。年次有給休暇を取得するという意思表示がないにもかかわらず、取得妨害の認定に至る例は、あまりありません。

 しかし、このことは、疑似労働者(業務委託契約など労働契約以外の契約で働いているものの、その実体において、法的には労働者と扱うことが正当とされる者)にも妥当するのでしょうか?

 疑似労働者の方は、紛争が顕在化するまでの間、自分のことを労働者であるとは思っていないのが普通です。年次有給休暇を取得する権利があるという発想自体なく、事実として年次有給休暇を取得する旨の意思表示を行っていることもありません。

 こうした状況に置かれていたとしても、やはり、具体的な取得行為がなければ、有給休暇の取得妨害は成立しないという理解になるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋地判令元.9.24 名古屋高判令2.10.23労働判例1237-18 NOVA事件です。名古屋地裁の裁判例が一審で、名古屋高裁の判例はその控訴審です。

2.NOVA事件

 本件は著名な英会話教室の英会話講師として働いていた原告(被控訴人)らが、勤務先である株式会社NOVAを被告(控訴人)として、

原告らと被告との間の契約は、形式上業務委託契約とされていたが、実質的には労働契約である、

労働者であるのに、被告は年次有給休暇を請求させてくれなかった、

労働者であるのに、被告は健康保険に加入させてくれなかった、

と主張して、不法行為などの法律構成をとり、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起した事件です。

 年次有給休暇の取得妨害について、原告らは、

「原告らは、雇入れの日から6か月間(原告X1においては1年6か月間)継続して勤務し、全労働日の8割以上出勤していた。原告らは、労基法上の労働者であるから、被告に対して年休権を有していた。」

「しかし、被告は、原告らとの契約が『業務委託契約』であると称して、原告らをして年休権がないものと誤信させ、違法にその行使を妨げた。」

「その結果、原告らは、精神的苦痛を被り、これを金銭に換算すると少なくとも別紙・・・記載のようになる。」

と主張しました。

 年次有給休暇を使いたいと言って使わせてもらえなかったことではなく、「業務委託契約」であると称し、年次有給休暇が存在しないものと誤信させたことが不法行為だという法律構成です。

 これに対し、一審裁判所は、原告らの労働者性を肯定したうえ、次のとおり述べて、被告の行為を年次有給休暇の行使を違法に妨げたものと評価しました。なお、この判示は、控訴審でも取り消されることなく維持されています。

(裁判所の判断)

「弁論の全趣旨・・・によれば、原告らが、雇入れの日から6か月間(原告X1においては1年6か月間)継続して勤務し、全労働日の8割以上出勤していたと認めるのが相当である。」

「前示判断のとおり、原告らは、労働基準法上の労働者に当たるから、被告に対して年休権を有していた。その日数は、労働基準法39条に従い、原告X1が21日、そのほかの原告らが10日となる。」

「しかるに、被告は、原告らとの契約を業務委託契約と扱い、原告らの年休権の行使を違法に妨げたと評価せざるを得ず、不法行為の成立を認めるのが相当である。

「その結果、原告らが被った精神的苦痛に関する慰謝料額については、年休権の日数、1レッスン当たりの報酬単価、原告らが授業代行事務費として1レッスン当たり500円を被告に支払う代替講師制度を利用していたことその他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を勘案して、原告X1について20万円、そのほかの原告らについて各10万円の限度で認めるのが相当である。」

3.労働契約を業務委託契約と扱うこと=年次有給休暇の取得妨害

 本件では、原告側に有給休暇取得の意思表示があったわけではありません。これを妨害する何等かの具体的な行為が被告側にあったわけでもありません。

 しかし、裁判所は、労働契約を業務委託契約と扱うこと=年次有給休暇の取得妨害 だと判示し、不法行為の成立を認めました。

 これはかなり画期的なことだと思います。この理屈が通用するのであれば、労働者性が争点になる事案は、これに勝ち切れば、自動的に有給休暇の取得妨害に基づく慰謝料請求が認められることになるからです。

 例によって、慰謝料額がそれほど伸びるわけではありませんが、労働者性が争点となる事件を扱うにあたり、覚えておいて良い視点を提供する裁判例だと思います。