弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

身体障害を有する年少者も健常者と同様の賃金条件で就労する可能性があるとされた例

1.障害者の逸失利益

 事件や事故で被害を受けた方は、加害者に対して損害賠償を請求することができます。賠償を求めることができる損害の一つに「逸失利益」という項目があります。これは、事件や事故がなければ、得られていたはずの利益をいいます。例えば、事件や事故で重い後遺障害が残って十分に働けなくなってしまった場合、被害者は、事件や事故がなかったとすれば得られたであろう稼働収入の賠償を求めることができます。

 この逸失利益の計算は、

事件や事故がなかたとすれば、どれだけの利益を得る蓋然性があったのか

という観点から積算されます。

 現在の社会状況のもとでは、健常者と障害者とでは、残念ながら得られる収入に一定の格差があります。そのため、同じような事件や事故に遭って、似たような被害を受けた場合でも、損害賠償として請求できる逸失利益は、被害者が健常者である場合と障害者である場合とで、顕著な差異が生じることになります。

 しかし、近時公刊された判例集に、全盲の障害者の逸失利益について、健常者と同様の賃金条件で就労する可能性があったと言及した裁判例が掲載されいていました。山口地下関支判令2.9.15労働判例1237-37 視覚障害者後遺障害逸失利益等損害賠償請求事件です。

2.視覚障害者後遺障害逸失利益等損害賠償請求事件

 本件は交通事故の被害者による損害賠償請求事件です。

 原告になったのは、全盲の視覚障害者の方です。交通事故に遭った当時、盲学校高等部に在籍する17歳の女子児童でした。

 原告の方は、交通事故により、脳挫傷、両肺挫傷、頭蓋顔骨多重骨折等の重症を負いました。その後、治療を蹴続しましたが、高次脳機能障害、発生困難、歩行困難、嗅覚脱失、味覚脱失、左難聴などを含む重篤な後遺障害が残りました(併合1級)。

 こうした損害を受けた女子児童及びその両親が、接触事故を起こした自動車の運転手に対し、損害賠償を求めたのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに逸失利益の認定があります。

 原告側は

「現在の日本の障害者法制は、障害者権利条約の基本理念に基づいているところ、国家機関の一翼を担う裁判所が障害者の逸失利益を算定するに当たっても、上記基本理念である『他の者との平等を基礎とし』なければならない。また、障害者の受ける制限が社会に由来するという認識に立ち、障害のある子供も、他の子供と同様に能力や可能性を秘めた人格ある主体であることを原則とし、障害者に、障害のない者と平等の機会が与えられ、合理的配慮のもとその能力を有効に発揮して働くことのできる社会が実現できることを前提として、逸失利益を算定することが法の要請である。」

と述べ、健常の年少者と同様に、賃金センサスの男女計、全年齢、学歴計の平均賃金を基礎収入として算定すべきであると主張しました。

 これに対し、被告側は、逸失利益について身体障害者の平均賃金をもとに計算すべきだと主張しました。

 裁判所は、この問題について、次のとおり述べ、原告の方が健常者と同様の賃金条件で就労する可能性を認めました(ただし、そのような社会の実現には所要の年数を要するとし、最終的には賃金センサスの7割を基礎収入として認定しています)。

(裁判所の判断)

「不法行為により後遺症が残存した年少者の逸失利益については、将来の予測が困難であったとしても、あらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、損害の公平な分担という趣旨に反しない限度で、できる限り蓋然性のある額を算出するように努めるのが相当である。」

「そこで検討するに、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告X1と同様の視覚障害のある者の雇用実態に関する公的な調査結果が判然としないこと、厚生労働省による平成25年度障害者雇用実態調査において、平成25年10月の身体障害者(身体障害のある被調査者の内訳は、肢体不自由が43%、内部障害が28.8%、聴覚言語障害が13.4%)の平均賃金が22万3000円であったことが認められる。これらの事実に加えて、本件全証拠によっても、上記調査以降に賃金格差や就労条件等が明らかに変わったと窺える事情も見当たらないことを踏まえると、現時点において、健常者と身体障害者と間の基礎収入については、差異があるといわざるを得ない。

「一方、証拠・・・によって認められる、我が国における近年の障害者の雇用状況や各行政機関等の対応、障害者に関する関係法令の整備状況、企業における支援の実例等の事情を踏まえると、身体障害を有する年少者であっても、今後は、今まで以上に、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することのできる社会の実現が図られていくと認められる。また、証拠・・・によれば、原告X1は、本件事故時17歳であったこと、平成16年3月に□□盲学校小学部を卒業したこと、同年4月に△△盲学校中学部に入学し、平成18年4月に□□盲学校中学部に転入するまで在籍していたこと、平成19年3月に同学校中学部を卒業し、同年4月に同学校高等部普通科に入学したこと、平成30年度の△△盲学校中学部の卒業生全員が同学校上級部に進学し、高等部普通科や専攻科の生徒が大学や短大、就職をしている例もあること、原告X1が□□盲学校高等部に在籍していたときに職業見学や大学見学に参加していたこと等の事情が認められる。これらのことからすると、原告X1については、全盲の障害があったとしても、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性があったと推測される。他方、健常者と障害者との間に現在においても存在する就労格差や賃金格差に加えて、就労可能年数のいかなる時点で、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することができるかは不明であるというほかなく、その実現には所要の期間の年数を要すると思われる。

以上の事情を総合考慮すると、原告X1にはその就労可能期間を通じて、平成28年賃金センサス第1巻第1表、男女計、学歴計、全年齢の平均賃金(489万8600円)の7割である342万9020円の年収を得られたものと認めるのが相当である。

3.三割は削られたが・・・

 上述のとおり、就労格差や賃金格差の是正に所要の年数を要することを根拠に賃金センサスから三割を減じた額を基礎収入にしました。

 減らされたのは残念ですが、それでも障害者にも健常者と同様の賃金条件で就労する可能性があると認定したことは、かなり画期的な判断であるように思われます。

 障害を持っている人は、ただでさえ生きにくい状態にのに、重篤な後遺障害まで負わされるとなると、かなりのハンディキャップを抱え込むことになります。こうした不利益を抱え込むことになりながら、健常者よりも大分少ない損害賠償金(逸失利益)しか認められないというのは、被害者保護の観点から問題があります。

 本判決は、こうした問題を是正する原動力となる可能性を持った裁判例として位置付けられます。