弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

防塵マスクを着用して就労した医師を解雇することは許されるか?

1.新型コロナウイルス感染に対する不安

 新型コロナウイルスに感染する不安を感じながら働いている医療従事者の方は、少なくないのではないかと思います。特に、勤務先である病院から感染防止に十分な装備を支給してもらえない場合、その不安は、察するに余りあるものがあります。

 それでは、装備品の支給が十分ではない場合に、やむなく備品を自己調達して身に付けていたことは、医療従事者を解雇する理由になるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。さいたま地判令3.1.28労働判例ジャーナル109-2 医療法人社団和栄会事件です。

2.医療法人社団和栄会事件

 本件で被告になったのは、病院を開設して運営する医療法人社団らです。

 原告になったのは、医師の方です。原告と被告和栄会は、人材紹介会社を通じ、期間を令和2年4月1日から令和3年3月31日までとする雇用契約を交わしました。

 令和2年4月1日、原告は勤務を開始しましたが、当時品薄であったN95規格のマスクの代わりに、同等の性能を有するとされるRL2規格の防塵マスク等を着用して勤務を開始しました。

 これに対し、被告和栄会は、マスクや手袋等が患者及び近親者の不安をいたずらに惹起しているなどと主張し、原告を即日解雇しました。これを受けた原告が、解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 本件では防塵マスクの着用等が解雇事由になるのかが争われましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告が令和2年4月1日に本件装備を着用して所沢腎クリニック及び所沢第一病院内であいさつ回りなどをしたことが、被告和栄会所沢腎クリニックの就業規則84条所定の懲戒解雇事由に該当すると認めることはできない。以下、順に述べる。」

「まず、同条ト(故意又は過失によりクリニックに重大な損害を与えたとき)及びチ(患者の個人的秘密を他に漏らしまた、患者に対し不自由・不都合な行為をしたと認められたとき)についてみるに、被告和栄会の主張する損害や不都合は、原告の姿が奇異であったことから、数名の来訪者から職員に対して新型コロナウイルス感染者が出たのかといった問い合わせがあったというようなものであるが、このような問い合わせがあったことを客観的に裏付ける証拠はないばかりか、仮にかかる問い合わせがあったとしても、クリニックに重大な損害が生じたというには足りないし、本件装備の着用自体が患者に対する不都合な行為に当たるということもできない。その他、本件全証拠をもっても、原告の上記行為によって、所沢腎クリニックに具体的な損害が生じたこと、同クリニックの患者に対して何らかの不自由、不都合が生じたことを認めるに足りる証拠はない。」

「次に、同条ヌ『破廉恥行為によりクリニックの名誉を汚したとき』についてみると、この懲戒事由が、『また刑事訴追を受け有罪と判決確定したとき』と並列に挙げられていることからすれば、ここにいう「破廉恥行為」は、倫理上、道義上負うべき義務に違反する行為で、かつその違反の程度が重大なものをいうと解するのが相当である。そして、原告の着用していたマスクは医療現場向けでない大仰な形状もので、奇異に感じる者がいるかもしれないが、被告和栄会において職員の服装に関する特段の規則はないこと、原告は白衣を着用しており、マスクの点を除いて特段奇異な服装をしていたとはいえないことに加え、当時、未知のウイルス感染が拡大傾向にあり、マスクが入手困難な状況であったことは公知といえること、被告和栄会において代替のマスクを提供する等の対応をしなかったこと等を併せ考えれば、本件装備が上記の『破廉恥行為』に当たるということはできない。

「そして、既に判示したところによれば、原告の行為が、同条カ(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき)に当たるということもできない。」

「したがって、被告和栄会が原告を懲戒解雇したことは、就業規則上の根拠を欠くものであり、無効である。」

3.当然の結論であろうが・・・

 防塵マスクをつけていた程度のことで即日解雇するといった乱暴なことが認められないのは、直観的には当たり前であるように思われます。

 ただ、直観的に当たり前であることでも、裁判例上の根拠があるのとないのとでは、実務的には大きな差があります。装備品の支給が不十分である場合に、個々の職員が自己調達した装備品を身に付けることは、使用者からすると、あてつけであるかのように捉えられ、あまり良い気分はしないのかも知れません。しかし、だからといって、やむなく自衛を図っている医療従事者を即時解雇するという乱暴な手段をとることが正当化されることはありません。

 マスクの品薄等は既に一定程度解消されているとは思われますが、類似した理由で解雇されてしまった医療従事者の方は、その効力を争うことを検討してみても良いかも知れません。