弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

未払賃金請求か損害賠償請求か

1.二つの法律構成

 解雇の効力を争って金銭的な請求を行うにあたっては、二通りの法律構成が考えられます。

 一つは、未払賃金としての構成です。解雇が無効である場合、労働契約は存続していることになります。契約が存続しているのに働けなかったのは労務の受領を使用者が拒絶したからである、ゆえに労働者は未払賃金を請求する権利を失わない、とする考え方です。

 もう一つは、損害賠償としての構成です。違法無効な解雇をされたことにより得られるはずであった収入を失った、ゆえに逸失利益相当額の損害の賠償を求める、とする考え方です。

 未払賃金構成をとる場合、解雇が違法・無効であることさえ立証できれば、請求が認められます。他方、損害賠償構成をとる場合、違法・無効な解雇がされたことに加え、当該違法・無効な解雇が使用者側の故意や過失に基づいていることまで立証する必要があります。立証命題を増やしてしまうことになるため、金銭的な請求を行う場合には、未払賃金構成をとることが普通です。

 しかし、損害賠償構成をとるメリットもないわけではありません。1か月あたりにとれる金額で換算すると、損害賠償構成の方が未払賃金構成を上回ることがあります。

 具体的に言うと、未払賃金構成の場合、多くの裁判例において「時間外手当については、時間外手当は、時間外に勤務して初めて発生するものであるから、時間外に勤務していない解雇の場合には、請求できない」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕382頁)。しかし、損害賠償請求構成をとる場合、請求できる逸失利益の額は、当該利益を得られた蓋然性によって判断されます。そのため、残業して時間外手当を得ることができた可能性が高い場合には、基本となる賃金に得られた蓋然性の高い時間外手当を付加した金額を請求することができます。

 このようなメリットがあることは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例からも読み取ることができます。昨日もご紹介した、東京地判令3.4.28労働判例1251-74 株式会社まつりほか事件です。

2.株式会社まつりほか事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営等を目的として設立された株式会社(清算会社)と、その代表取締役であった方です(被告会社、被告Y2)。

 原告になったのは、被告会社に雇用され、料理長として勤務していた方(亡A)の遺族2名です(妻X1、長女X2)。亡Aが心停止を発症して死亡したのは、被告会社における長期間の過重労働が原因であると主張し、被告らに対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 損害賠償請求にあたり特徴的だったのは、亡Aの時間外手当も含めた金額を逸失利益の計算の基礎としたことです。具体的に言うと、原告は、

「亡Aは、時間外労働に対する割増賃金の支払を受けていなかったが、長時間労働の勤務実態があったことに加え、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には業務と心疾患との関連性が弱いとされていることからすれば、亡Aが過重な業務により死亡することがなければ、少なくとも1か月当たり45時間の時間外労働を将来にわたって継続していた蓋然性が高い。そこで、1か月当たり45時間分の時間外手当については、将来における稼働蓋然性が高いものとして基礎収入に加えられるべきである。」

と主張しました。

 こうした原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、これを認めました。

(裁判所の判断)

「亡Aは、その生前、被告会社から、基本給15万5000円、役職手当5万円、超過手当10万円、深夜業手当5000円の合計月額31万円を得ていた・・・。」

「また、亡Aは、その生前、1か月当たり100時間を超える時間外労働に従事していたものであるが、被告会社から時間外労働に対する割増賃金の支払を受けていなかったのであるから、亡Aの逸失利益の基礎収入の算定に当たっては、亡Aが被告会社において労働を継続することのできる限度で、亡Aに支払われるべきであった時間外労働に係る割増賃金相当額を加えるのが相当である。そして、証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば、亡Aの被告会社における時間外労働の時間が45時間以内に収まっていたのであれば、被告Aが被告会社における業務過多による本件発症により死亡することはなかった可能性が高いと認めることができるから、亡Aが被告会社において労働を継続することのできる時間外労働の時間として、1か月当たり45時間の限度で認めるのが相当である。そうすると、亡Aの1時間当たりの賃金額は1783円(計算式:31万円÷173.8時間〔1か月平均所定労働時間〕)であるから、45時間分の時間外手当の額は10万0293円と認めるのが相当である。

「これに対し、被告らは、亡Aに支払われるべき時間外労働に係る割増賃金は、超過手当及び深夜業手当の合計月額10万5000円の範囲内であったとして、それとは別に上記45時間分の時間外手当を基礎収入に加えるべきではない旨主張する。しかしながら、前記認定事実のとおり、亡Aと被告会社との間の本件雇用契約において、契約内容が書面で明確に定められていたことはなく・・・、超過手当及び深夜業手当がどのような内容の手当であったのかを基礎付ける客観的な証拠もないし、被告会社において就業規則や賃金規程も備えられていなかった・・・のである。そうである以上、本件雇用契約における超過手当及び深夜業手当の具体的な内容は不明というほかなく、それが時間外手当として支払われるべきものとは認めることができないから、被告らの上記主張を採用することはできない。」

「以上によれば、亡Aの逸失利益の算定における基礎収入は、月額41万0293円、年額492万3516円であると認めるのが相当である。」

3.逸失利益に関する考え方は死亡後遺族が原告となる場合に限られないだろう

 本件は過労死した労働者の遺族が提起した損害賠償請求事件であり、ありふれている事件類型というわけではありません。

 しかし、逸失利益をどのように把握するのかという問題において、労働者が生存しているのか・死亡しているのかで、考え方を変えるのは論理的ではありません。本件の裁判所の考え方に従えば、違法無効な解雇を受けた労働者が自ら損害賠償請求を行う場合であっても、残業が発生する蓋然性が立証できる限り、時間外手当を加えた額を逸失利益として請求できるはずです。

 死亡事案以外で本人が請求する場合には、再就職までに必要な合理的期間で終期を画されてしまうなど金額が伸びにくいこともあり、あまり使われる構成ではありませんが、損害賠償請求構成をとる利点として、残業代を上乗せできることは、覚えておいても損はないだろうと思われます。