弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

社用車で自損事故を起こした労働者は、会社にどの程度の損害賠償責任を負うのか?

1.使用者に対する損害賠償義務

 労働者が職務を遂行するにあたり、必要な注意を怠って労働契約上の義務に違反して使用者に損害を与えた場合、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことがあります。

 しかし、労働者の職務遂行にかかる損害賠償責任には、二つのレベルで制限が加えられています。

 一つ目は、損害の有無のレベルでの議論です。損害賠償責任が発生する場面を故意又は重過失がある場合に限定する裁判例は少なくありません。

 二つ目は、損害賠償の限度のレベルでの議論です。損害賠償責任を負う場合であっても、その範囲は、損害の公平な分担という観点から、信義則上相当と認められる限度に制限されると理解されています(以上について、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕244-245頁参照)。

 それでは、社用車で自損事故を起こした場合、労働者はどの範囲で損害賠償責任を負うのでしょうか?

 自損事故の特徴は、文字通り相手方がいないことです。これは、事故の責任が100%運転者にあることを意味します。

 こうした場合に発生する労働者の責任の範囲を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.11.24労働判例ジャーナル121-36 坂本商会事件です。

2.坂本商会事件

 本件は使用者が労働者に対して提起した損害賠償請求事件(甲事件)と、労働者が使用者に対して提起した未払賃金請求事件(乙事件)とが併合された事件です。

 甲事件の原告になったのは、建設機械の賃貸等を目的とする株式会社です。

 被告になったのは、賃金月額27万3310円で、原告の従業員として稼働していた方です。原告会社の所有する普通貨物自動車(本件車両)を運転中、自損事故を起こしてしまいました。事故の態様は、

「本件車両の運転操作を誤り、本件車両を道路脇の岸和田土木事務所管理に係る横断防止柵に衝突させ、本件車両の右前部及び上記横断防止柵を損傷させた」

というものだったと認定されています。

 この事故により本件車両を廃車にせざるを得なくなったとして、被告労働者は原告会社から時価相当額32万円の請求を受けました。

 原告会社の請求を原審は10万円の限度でのみ認めました。これに対し、原告会社が控訴したのが本件です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示して、原審の判断を維持しました。

(裁判所の判断)

「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁参照)。」

(中略)

「控訴人は、本件事故により32万円の損害を被っており、証拠・・・によれば、本件事故は被控訴人による自損事故であり、その原因は専ら被控訴人の過失にあることが認められる。

「他方、既に認定・説示したとおり、被控訴人は、控訴人代表者の運転手を勤めながら、日常的に控訴人代表者の命じる様々な雑用をこなし、これを通じて控訴人の業務に従事して控訴人に貢献していたものであり、かかる事情は、損失の公平な分担の見地から考慮されるべきである。」

「そうすると、本件の事実関係の下においては、控訴人が本件事故により被った損害のうち被控訴人に対して賠償を請求し得る範囲は、信義則上10万円を限度とするのが相当であり、控訴人が被控訴人に対してこれを超える部分の請求をすることは認められないというべきである。

3.専ら労働者の過失によるものであっても、かなりの減額を実現できる

 本件では事故の原因が専ら労働者の過失によると認定されています。それでも、責任割合は3分の1以下にまで減縮されました。賃金額が通常の範囲に収まっている労働者が責任を負う範囲は、自損事故であってもかなり限定的に理解されていることが分かります。

 事故を起こした場合、特に自損事故のような自分に100%原因のある事故を起こした場合、自責の念から損害を全て賠償しなければならないと誤解している方は少なくありません。

 しかし、本件の裁判所が判示しているとおり、労働者が責任を負う範囲は、かなり制限的に理解されています。そのため、使用者の言い値を支払わなければならないということはありません。

 また、本件では責任の有無が争点化された形跡はありませんが、重過失がないことを理由に責任の存否自体を問題にできた余地もあるように思われます。

 使用者からの損害賠償請求事件は、比較的減額を実現しやすい事件類型でもありますので、被請求者になった時には、弁護士のもとに相談に行くことが大切です。