1.過失相殺
民法418条は、
「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」
と規定しています。
また、民法722条2項は、
「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」
と規定しています。
これらの規定に基づいて、債権者(損害賠償請求権者)の側にも一定の問題(過失)があったとき、損害賠償額の何割かを減額する仕組みを「過失相殺」といいます。
安全配慮義務違反や不法行為に基づいて損害賠償請求権の成立が認められても、過失相殺という名目のもと、損害賠償額がざっくりと削られてしまうことは、実務上少なくありません。
それでは、俗に言う過労死事件において、労働者が医療機関を受診せず、業務を優先した場合、そのことは、「過失」として損害賠償額を減算する理由になるのでしょうか?
一作々日、一昨日、昨日とご紹介している、富山地判令5.7.15労働判例ジャーナル139-12 滑川市事件はこの問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.滑川市事件
本件で原告になったのは、量的にも質的にも過重な業務に従事して、くも膜下出血を発症して死亡した中学校教員Dの遺族(妻子)の方です(Dのくも膜下出血の発症:平成28年7月22日 Dの死亡:平成28年8月9日)。公務災害認定の後、未填補の損害の賠償を求め、校長の安全配慮義務違反を理由として、市や県に対し、国家賠償を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では校長の安全配慮義務違反が認められたうえ、過失相殺の適否が問題になりました。
この事案の裁判所は、次のとおり述べて、過失相殺を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告富山県は、Dが、7月18日頃に頭痛症状がありながら、本件発症前に医療機関を受診しなかったと主張する。」
「しかしながら、同日頃のDの症状の程度及び本件発症との関連はなお不明であるし、Dが翌日の同月19日から同月21日にかけて、3年5組の保護者らとの教育懇談会を実施していたこと・・・、同懇談会が進路指導上重要な行事と位置付けられ、個々の生徒の資料を揃えるなどの準備が必要であったこと・・・などを踏まえると、Dが直ちに医療機関を受診せず、業務を優先したことをもって、その健康管理に問題があったとはいえない。」
3.医療機関を受診できなかったのは本人の責任か?
本件の裁判所は、医療機関を受診しなかったことはD(労働者)の落ち度だという主張を排斥しました。
過労死事件の特徴は、医療機関を受診することができないほど、労働者が追い込まれていることにあります。過重な業務に従事させ、死亡結果を惹起させた使用者の側が「医療機関を受診していない」と死亡した労働者を非難することには相当な違和感がありますが、こうした主張を目にすることは少なくありません。
本件の判示は、よく寄せられる使用者側の主張を排斥した事案として、実務上参考になります。