弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

性被害と過失相殺-被害回避の余地があったことは拒否し難い立場にあった方の過失とはいえない

1.過失相殺

 民法723条2項は、

「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」

と規定しています。

 被害者の過失を考慮して損害賠償の額を定めることを、講学上、「過失相殺」といいます。判決の中では、「〇割の過失相殺をすることが相当である」といったように判示され、損害賠償額の減算が行われています。

 性被害との関係で過失相殺をどのように捉えるのかについては、二次被害と関係でしばしば被害者側から問題提起が行われてきました。性被害にあうことを回避することができたのではないかとの判断のもと、損害賠償額をザクザクと削ること自体が、被害者を責める意味合いを持ち二次被害にあたるのではないかといったようにです。

 確かに、性被害に遭うことを想定して被害者に回避措置を要求することは、詐欺に遭った人に騙される方も間抜けであったと指摘して損害賠償額を削るのと同じような違和感があります。性加害にしても詐欺にしても法的に禁止されている行為だからです。違法行為に及ぶ者はいないはずだと信頼して日常生活を送ったとしても、それを落ち度と捉えるのは、酷であるように思われます。

 この過失相殺との関係で、興味深い判断を示した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、長崎地判令4.5.30労働判例ジャーナル126-10 長崎市事件です。

2.長崎市事件

 本件で被告になったのは、長崎市です。

 原告になったのは、B社(本件会社)のa支局で記者として勤務していた方です。被告の原爆被爆対策部長(C 後に自殺)から取材対応に関して性的暴行を受けたところ、被告が性的暴行を防止する義務を怠ったなどと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 プライバシー保護を目的としてか、判決文中に伏字や省略が多く、今一、本件事件前及び本件事件の状況が分かりにくいのですが、裁判所は、過失相殺の可否について、次のとおり判示し、これを否定しました。

(裁判所の判断)

・本件事件前及び本件事件の際の過失について

「被告は、上記部分に関する過失相殺の前提として、本件事件が、原告が同意していると誤解したC部長の過失によるものである旨主張するが、前記・・・のとおり、C部長は、原告が本件性交に同意していなかったことを認識していたと認められ、故意による違法行為と認められるから、同主張を採用することはできない。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、本件事件前の対応については、原告は、C部長からの誘いのメール等を拒否していたのであるから、これをもって、原告に相殺すべき過失があるということはできない。」

「また、前記認定事実・・・のとおり、本件事件の際の対応についても、C部長は、原告からの取材協力を求める連絡を奇貨として、これに協力するかのような態度を示しつつ、拒否し難い立場にある原告に対し、執拗に指示して■に入ったものであり、原告の対応次第では、本件事件による被害を回避し得た余地があったとしても、そのような原告の状況を認識しつつ、原告との関係性に乗じて、本件性交に及んだものであるから、これを相殺すべき原告の過失として考慮することは相当ではない。

3.被害回復の余地があったとしても過失とはいえない場合がある

 本件で目を引かれたのは、次の二点です。 

 一つ目は、「被害を回避し得た余地があったとしても」過失相殺が否定されるとした点です。これは「被害を回避することが可能であったのではないか」と責められがちな被害者を保護するうえで重要な判示だと思います。この判決を引用すれば、「被害を回避することが可能であったとして、だから何だ。それは落ち度(過失)ではない。」と反駁することができます。

 二つ目は、取材対象者-記者 という関係性についても「拒否し難い立場」と評価したことです。上司と部下といった職制上の上下関係や、巨大な企業とフリーランス・客と店員といったように取引を媒介とした関係性にあるような場合だけでなく、取材対当社-記者のような、上下関係も取引関係も媒介としない関係性においても、「拒否し難い立場にある」との理解が示されたことは、被害救済を考えるにあたり大いに役に立ちそうに思われます。

 この裁判例は、過失相殺についても、実務上有用な判断を示しているように思われます。