弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

性被害者に対する二次被害防止義務

1.ハラスメントと二次被害

 犯罪被害に遭うと、身体を傷つけられ、生命を奪われるなどの身体的被害のほかに、稼ぎ手が失われることにより収入が途絶え、生活ができないといった財産的被害、さらには、メディアの過剰取材や周囲の人々の心無いうわさや中傷、偏見により、精神的苦痛を受けます。こうした犯罪後に生じる被害を二次的被害と呼びます。

9 犯罪被害者やその家族の人権問題|東京都総務局人権部 じんけんのとびら

 二次被害は犯罪被害との関係で議論されることの多い問題ですが、ハラスメントとの関係でも往々にして同様の問題が発生します。セクシュアルハラスメントの申告をした方は、しばしば好奇の目に晒されたり、信憑性が適切に検討されない加害者側の言動が独り歩きして誹謗中傷の対象になったりすることがあります。二次被害への怖れからハラスメントの申告を躊躇する被害者は少なくなく、犯罪被害者系の弁護士だけではなく、労働系の弁護士の間でも強い問題意識が持たれています。

 近時公刊された判例集に、加害者の勤務先に二次被害防止義務が認められると判示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、長崎地判令4.5.30労働判例ジャーナル126-10 長崎市事件です。

2.長崎市事件

 本件で被告になったのは、長崎市です。

 原告になったのは、B社(本件会社)のa支局で記者として勤務していた方です。被告の原爆被爆対策部長(C 後に自殺)から取材対応に関して性的暴行を受けたところ、被告が性的暴行を防止する義務を怠ったなどと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 損害賠償請求を行うため、原告は幾つかの法律構成を主張していますが、その中の一つに二次被害防止義務違反がありました。

 具体的に言うと、原告は、

「被告は、本件事件につき責任を負う立場にあること、また、・・・本件条例及び本件要綱(以下『本件条例等』という。)を定めていることから、A市長及び被告職員は、本件条例等に従って、本件事件につき、性的風評の流布を防止し、原告又は本件会社からの要請を受けて、二次被害を防止すべく対処する義務を負うところ、次のとおり、これを怠り、隠蔽、責任回避を図るため、・・・虚偽の流布を放置するなどして、原告に二次被害を生じさせた。」

「原告は、これにより、人格的名誉を棄損され、さらに心身の健康を害されたから、被告は、原告に対し、国賠法1条1項に基づき損害賠償責任を負う。」

・平成19年9月下旬頃から同年10月29日まで

「前記・・・のとおり、C部長及びD会計管理者(以下『C部長ら』という。)は、同年8月以降、本件事件につき隠蔽し責任回避を図るため、C部長が原告に誘われ合意の上で性交に至った旨の虚偽の情報(以下『本件情報』という。)を流布し、同年9月中旬頃には、その噂が被告庁舎内に広がり、同月21日にはP社及びG社(以下「報道2社」という。)による取材の動きがある旨、C部長ら及び長崎市議会関係者の間で情報共有されており、その頃には、被告も本件情報の流布について認識し得た。また、A市長は、同年10月20日、原告が強制的に休職していると認識して様子を伺うため原告にメールし、同月24日、原告から電話でC部長の辞表を受理しないよう要請されていたから、遅くともこの頃までには本件情報の流布について認識していた。」

「被告は、本件情報の流布による原告の人権侵害を予見し得たから、性的風評の流布自体が人権侵害に当たる旨を職員に周知徹底するとともに、発信源であるC部長らに対し、本件情報を流布しないよう注意指導すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。」

などと主張しました。

 なお、本件条例とは、

「市長は、性別による差別的取扱い、セクシュアル・ハラスメント、ドメスティックバイオレンスその他の男女共同参画を阻害する要因による人権の侵害に関し、市民又は事業者から相談があった場合には、関係機関又は関係団体と連携し、適切に処理するものとする。」

などと定めている長崎市男女共同参画推進条例を、本件要綱とは、

「職員が他の職員及び業務遂行に伴う関係者(以下『職員等』という。)に対するハラスメントをしないよう禁止し(2条2項、3条1項)、係長と同等以上の職にある者は、ハラスメントの防止及び排除に努め、ハラスメントに起因する問題が生じた場合には迅速、適切な対処をしなければならない」

などと定めているハラスメントの防止等に関する要綱をいいます。

 被告は二次被害防止義務に基づいて責任を負うことを争いましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の責任を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、前記・・・のとおり、被告が二次被害を防止すべき義務に違反した旨主張するところ、その内容は、

〔1〕C部長ら及び被告職員に対し、本件事件に関連して、C部長の弁明に沿った情報等を拡散しないよう注意指導すべき義務・・・、

〔2〕本件事件について、その原因を究明すべき義務・・・、

〔3〕C部長の自殺を防止すべき義務・・・、

〔4〕週刊誌に虚偽の情報が掲載されることを防止すべき義務・・・

の各違反、

〔5〕D会計管理者を処分して公表すべきこと及びC部長に退職金を支給して公表したこと・・・、

〔6〕本件勧告に従い謝罪及び再発防止措置を講ずべき義務の違反

に大別される。」

「そのうち上記〔1〕については、イの限度で理由があり、被告には、二次被害防止義務違反について、国賠法1条1項の責任原因があると認められるが、その余については、原告の主張を採用することはできない。その理由は以下のとおりである。」

「イ 原因究明、情報を拡散しないよう注意指導すべき義務について」

原告は、二次被害防止義務の根拠として、被告が本件事件につき責任を負う立場にあること及び男女共同参画法を受けて本件条例等を制定していることを主張するところ、男女共同参画法及びこれを受けて制定された本件条例が直ちに不法行為法上の注意義務の根拠となるものではないことは、前記・・・のとおりであり、本件要綱についても同様に解される。

「もっとも、前記認定事実・・・の経過によれば、被告は、・・・本件事件について、平成19年10月30日、A市長が、報道2社の記者から情報を得て、C部長から事情を聴取して、内部調査をすることとし、また、同月31日、a支局を通じて本件会社と協議し、原告の認識を把握しており、本件事件が、C部長の弁明を前提としても、原爆被爆対策部長という被告の要職にある者が、記者であり、取材を通じて職務上の関係を有する原告と性的関係を持ったというもので、被告への信頼という公益に関わる可能性のある問題であり、かつ、その弁明が原告の認識と異なり、原告の認識どおりであったとすれば、違法行為であり、被告としても、国賠法上の責任を問われる可能性のある問題であることを認識していたか、容易に認識し得たと認められる。不法行為法の構造上、一般に、その責任を追及されている側に原因を究明すべき義務があるということはできず、被告が、原告に対し、同義務を負うということはできないが、被告は、上記のような公益上の必要性から、本件事件について事実関係を明らかにするため、内部調査をすることとしていたものであり、また、被告にとって、事実関係を明らかにすることは、国賠法上の責任の有無を検討し、必要な対応をとる上でも有益であったといえる。そして、性的被害を受けた者が、加害者に対する責任追及等の過程や、当該事案の報道等により周囲に知られ、ときには不正確又は誤った情報が流布することなどにより、さらに精神的苦痛を受けるなど、その後の状況により被害が拡大する二次被害を受けるおそれがあり得ることは、周知の事実であり、被告は、本件事件の性質及びこれを把握した経過から、報道の可能性が高いことを認識し、また、本件会社を通じて、原告から、二次被害防止の要請を受けていたのであるから、以上のような諸事情の下においては、本件事件に関する調査の過程や、その公表の有無を含む報道対応等をする際に、被告の職員により、原告に二次被害が生ずることがないよう配慮すべきであり、二次被害の発生を予見し得る具体的事情を認識したときには、これを防止すべく被告の関係職員に指導注意するなどの対応をとるべき不法行為法上の注意義務を負っていたと認めるのが相当である。

「上記のとおり、被告は、平成19年10月31日には、被告の職員により、原告に二次被害が生ずることがないよう、その発生を予見し得る具体的事情を認識したときには、これを防止すべく関係職員に指導注意するなどの対応をとるべき注意義務を負っていたと認められる・・・。」

「前記認定事実・・・の経過によれば、被告は、同月30日の時点で、C部長の弁明を認識し、同月31日の時点で、C部長と親しい関係にあったD会計管理者が、C部長の弁明に沿う言動をし、さらに自身も誘われたなどとC部長の弁明にもない話をしていたことを認識していたのであるから、同日時点で、これらが、原告の認識と異なることを認識していたと認められ、また、同月30日時点で、報道2社の記者が、C部長にも取材をし、近日中に報道する可能性があることを認識していたのであるから、本件事件が原告の認識するとおりであったとすれば、C部長らの言動により、原告が二次被害を受けるおそれがあることを認識し得たと認められる。」

「そうすると、被告としては、C部長に対しては、原告の二次被害にも留意して、慎重な対応をとるべき旨の指導注意をし、D会計管理者に対しては、前記認定事実・・・のとおり、本件事件の調査を総務部で行い、関与すべき人員をO総務部長、M人事課長及びE秘書課長等の一定の者に限定し、D会計管理者については、その職務上、関与すべき立場になかったのであるから、事実関係が不明な段階で、本件事件について言及しないよう指導注意すべきであったと認められる。

「しかるところ、被告がC部長らに対して、上記注意義務を尽くした形跡はなく、C部長については、同月31日に被告が原告の認識と異なることを認識した以降、自殺するまでの間に、他に弁明内容を広めたことを認めるに足りる証拠がないものの、D会計管理者については、前記・・・のとおり、本件葬儀等の際に虚偽の情報を広め、週刊誌の取材に応じ、C部長の弁明に沿う虚偽の話をしたことが認められ、前記認定事実・・・の経過に照らし、被告は、D会計管理者に対して、週刊誌報道がされるまで、原告の二次被害を防止すべく指導注意しなかったことが認められるから、上記注意義務に違反したと認められる。」

「なお、E秘書課長が、本件事件について、週刊誌記者に情報を提供したと認めるに足りないことは、前記・・・のとおりである。」

「そして、前記認定事実・・・の経過並びに同認定に際し挙示した関係各証拠によれば、原告は、D会計管理者が本件葬儀等の際に虚偽の情報を広めたことや、D会計管理者が応じた取材も基にして掲載された週刊誌の報道に接したことも要因となって、■の症状が悪化したことが認められ、上記注意義務違反により、その権利を侵害されたと認められるから、被告には、上記注意義務違反について、国賠法1条1項に基づく責任原因があると認められる。

3.本件条例等の存在は関係ない

 本件で注目されるのは、二次被害防止義務の存在が明示的に認められたこともさることながら、その根拠が条例や要綱には求められていないことです。

 条例や要綱に根拠がないということは、被告のような地方公共団体だけではなく、条例制定権等のない一般私企業においても、具体的な事実関係次第で二次被害防止義務が問題になりえることを意味します。

 二次被害の態様は様々であり、防止義務の内容も多様なものが考えられます。この裁判例を嚆矢として、今後、義務内容が精緻化されて行くことが期待されます。