弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部活動中の事故-公立学校の顧問教諭に個人責任は発生するか?

1.部活動は職務か?

 学校教諭の部活動顧問としての活動が職務なのかどうかは、現行法上あまり明確にはなっていません。

 しかし、これは公立学校の教諭にとっては非常に切実な問題です。部活動中の事故で生徒に損害が発生した場合に、個人として責任を問われる可能性があるかどうかと強く関係しているからです。

 公務員が職務に関して違法に他人に損害を与えた場合、損害賠償は国家賠償法という法律の枠内で処理されます。

 以前にも説明したとおり、国家賠償法が適用される場合、最高裁は昭和30年代から一貫して公務員個人が損害賠償責任を負うことを否定しています(最三小判昭30.4.19民集9-5-534)。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/15/161700

 つまり、部活動顧問としての活動が職務に該当するのであれば、公立学校の教諭は、部活動中の事故で被害を受けた生徒から損害賠償を請求されたとしても、公務中の事故であることを理由に個人責任を免れることができることになります。例え、指導に何等かのミスがあって損害が発生したという関係があってもです。

 他方、部活動顧問としての活動が職務に該当しないのであれば、国家賠償法の適用がないため、私立学校の教諭と同様、部活動中の事故で被害を受けた生徒からの損害賠償請求に対し、個人として責任を問われる可能性があることになります。

 では、部活動顧問としての活動は、公務員としての職務に該当するのでしょうか?

 この点が問題になった裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。

 長野地上田支判令2.1.16労働判例ジャーナル96-84 長野県事件です。

2.長野県事件

 この事件は、長野県の公立高校に在籍する生徒が、ハンドボール部の活動としての他の高校との練習試合中、対戦高校の相手選手と衝突して傷害(頚髄損傷、顔面打撲、頚髄神経根障害、眼窩骨折、鼻骨骨折)を負ったのは顧問教諭P4の違法な指導に原因があるとして、県やP4に損害賠償を請求した事件です。

 この怪我はかなり重く、左上下肢の筋力低下、左上下肢の感覚障害、両上肢の異常感覚などの後遺障害のほか、高次脳機能障害、解離性障害などの精神疾患まで発生させました。そのため原告が計上した損害額は7700万円を超える規模にまでなっていました。

 これに対し、県や顧問教諭P4個人が損害賠償責任を負うのかが問題になったのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告教諭P4の指導と本件事故との間の因果関係を否定するとともに、部活動顧問としての指導が公務員としての職務行為に該当することを理由に被告教諭P4の個人責任を否定し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

-因果関係論について-

「原告らは、被告P4によるビンタ等の体罰を含む違法な指導が本件事故を惹起したと主張するが、仮に、被告P4の上記指導により原告P1が被告P4に逆らえないと思わされていたとしても、本件において、被告P4が原告P1に対し、顔面を相手選手の膝にぶつけるような態様でディフェンスをするよう指導をしていたなどの事実はなく、また、被告P4の指示により原告P1が相手選手の膝に顔面からぶつかっていったものでもないことからすれば、被告P4の指導と本件事故の発生との間には相当因果関係がないというほかない。」
「したがって、被告P4の指導と本件事故の発生との間に因果関係は認められない。」

-教諭P4の個人責任ついて-

「公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害については、国又は公共団体が賠償の責に任ずるのであって、職務の執行に当たった公務員個人は、被害者に対しその責任を負担するものではない(最高裁判所昭和28年(オ)第625号、同30年4月19日第3小法廷判決・民集9巻5号534頁参照)。このことは、被告県が、在学契約の債務不履行又は民法715条に基づく損害賠償責任を負うとされる場合も同様と解すべきである。」
「本件についてみると、被告P4の指導・・・は、・・・公権力の行使に当たる公務員・・・の職務行為であるから、原告らは被告P4・・・に対して損害賠償請求することはできない。

3.傍論的な判断ではあるが・・・

 本件は指導と損害との間の因果関係が否定されているため、国家賠償法の適用があろうがなかろうが、教諭P4個人が損害賠償責任を負うことはありません。

 そのような意味において傍論的な判断ではあるのですが、法的な位置づけの曖昧な部活動顧問としての活動を公務員の職務であると言い切り、教諭個人の責任が発生する余地を否定した点は画期的な判断だと思います。

 事故が重大である場合、公務員の個人責任を問いたいという思いに駆られる人はそれなりにいて、公務員個人を被告に損害賠償を請求するケースは定期的に公刊物にも掲載されています。

 部活動中の事故を原因とするものに限らず、損害賠償請求の相手方にされて困っている公務員個人の方がおられましたら、対応は弁護士に相談することをお勧めします。問題とされている行為と職務との関連性を説明することにより、故意や過失といった議論に踏み込むまでもなく責任を否定できるケースは相当数あるのではないかと思います。