弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

求人票の「原則更新」の記載が雇用契約書上「契約を更新することがある」と書かれた有期労働契約の更新に向けた合理的期待の評価にあたり考慮された例

1.求人票の記載、雇用契約書の記載

 求人票の記載と、使用者から示された雇用契約書の労働条件が異なっていることがあります。

 こうした場合、雇用契約書にサインしてしまった労働者は、求人票に書かれていた労働条件を主張することができるのでしょうか?

 この問題に関しては、基本的にはできないものと理解されています。なぜなら、求人や募集は、労働契約の申込みそのものではなく、申込みの誘因にすぎないと理解されているからです。佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕30頁にも

「求人ないし募集は申込みの誘因にすぎず、契約申込みではないから、労働契約締結の際に示された賃金額が、求人ないし募集のときの見込み額より低い場合に、直ちに見込み額どおりの労働契約が成立するわけではない」

と記述されています。

 このように、求人票の記載と、雇用契約書の記載に齟齬がある場合、求人票の記載は、基本的には雇用契約書の記載によって上書きされます。

 それでは、有期労働契約を締結するにあたり、

求人票上、「原則更新」と書かれていたにもかかわらず、

雇用契約書上、「契約を更新することがある」と一歩後退した記載になっていた場合、

契約更新に向けた合理的期待は、どのように判断されるのでしょうか?

 求人票の記載は、契約更新に向けた合理的期待を強化する要素として考慮されるのでしょうか?

 それとも、雇用契約書によって上書きされたとして、合理的期待を判断するうえでの考慮要素から除外されてしまうのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.2.18労働判例1303-86 エイチ・エス債権回収事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.エイチ・エス債権回収事件

 本件で被告になったのは、債権回収等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和24年生まれの男性です。66歳の時、被告との間で有期労働契約を締結し、本社監査室で監査業務に従事していました。

 被告との間の有期労働契約は、平成28年1月25日に交わされた後、

平成28年4月1日~平成29年3月31日、

平成29年4月1日~平成30年3月31日、

平成30年4月1日~平成31年3月31日

更新が重ねされましたが、平成31年3月31日をもって雇止めを受けました。

 これに対し、労働契約法19条の雇止め法理の適用を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 雇止め当時、原告の方は69歳と高齢でしたが、被告の就業規則には、定年制に関する規定はありませんでした。

 また、

原告が被告に応募した際の求人票には、「雇用期間の定めあり」「3か月」「契約更新の可能性あり(原則更新)」と、

被告との間で取り交わした雇用契約書には、

「更新の有無 契約を更新する場合がある」

と書かれていました。

 本件の被告は、原告の年齢を捉え、

「原告の更新回数及び通算契約期間はわずかなものであり、原告は採用時66歳、雇止め時69歳と高齢であり、到底継続的雇用への期待を有するような年齢ではなかった。」

などと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、契約更新に向けた合理的期待を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告との間で本件労働契約を合計3回にわたり更新し、3年2か月の間、おおむね週5日、1日8時間の勤務を継続していた。また、前記認定事実・・・のとおり、大会社である被告において内部監査体制の整備は法律上義務付けられているものであり、被告が大会社に該当しなくなる見込みがあると認めるに足りる証拠もないから、原告が担当していた監査業務は臨時的に設けられたものではなく常用性のある業務であり、基幹的業務に当たるともいえる業務である。さらに、前記前提事実・・・並びに前記認定事実・・・のとおり、被告の求人票の雇用期間欄には『契約更新の可能性あり(原則更新)』と記載されている部分があり、原告に適用される就業規則には年齢による更新上限や定年制の規定はなく、原告は本件雇止め当時70歳には至っていなかった。そして、本件労働契約締結時及び更新時並びに最後の更新後本件雇止めまでの間に、被告から原告に対し、更新上限及び最終更新並びに業務の遂行状況による雇止めの可能性等に関する具体的な説明があったとは認められない。これらの事情からすれば、前記前提事実・・・のとおりの契約書の更新条件等の記載、前記認定事実・・・のとおり被告においてパート従業員以外に70歳を超えて雇用された労働者がいたとは認められないことなどを併せ考えても、原告において本件労働契約の契約期間の満了時(平成31年3月31日の満了時)に同契約が更新されるものと期待することがおよそあり得ないとか、そのように期待することについておよそ合理的な理由がないとはいえず、本件労働契約は労働契約法19条2号に該当する。ただし、前記前提事実・・・のとおり本件労働契約の各契約書には更新の基準として勤務成績、態度、健康状態、能力、能率、作業状況等を総合的に判断する旨記載されているのであるから、これらについて問題がある場合には更新されない可能性があることは原告にとっても十分に認識可能であることに加えて、原告の周りに現に70歳を超えてフルタイムの契約社員として勤務している者が存在したわけではないことからすると、原告が、平成31年3月31日の満了時に同契約が更新されることについて強度な期待を抱くことにまで合理的な理由があるとは認められず、また、平成31年3月31日の契約満了時以降当然に複数回にわたって契約が更新されるという期待を抱くことに合理的な理由があるとも認められない。」

3.求人票の記載が積極的な考慮要素としてカウントされた

 以上のとおり、裁判所は、合理的期待が認められるのか否かを判断するにあたり、求人票上の「原則更新」の記載を積極的な要素としてカウントしました。

 これは、

原則更新

契約を更新することがある

との記載が必ずしも論理的に矛盾しているとはいえないことから、導かれた結論ではないかと思います。

 求人票と雇用契約書の記載については、正面から抵触しているとはいえなくても、ニュアンスが異なるといったことは良くあります。

 本裁判例は、こうした場合に、求人票の記載を活かす可能性を切り開くもので、実務上参考になります。