弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

連続して低評価を受けていた労働者の雇止め-多義的な事実を評価するポイントをどう考えるか?

1.多義的な事実

 契約の更新に合理的期待を有する有期雇用労働者を雇止めにするためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要とされています。客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められない場合、使用者は労働者からの契約更新の申込みを拒絶することができず、従前と同内容での労働契約の締結が擬制されます(労働契約法19条2号参照)。

 それでは、有期労働契約の各期において、人事考課上、低い評価を受け続けていたことは、雇止めの可否を判断するにあたり、どのように評価されるのでしょうか?

 この事実は、二通りの評価が考えられます。

 一つ目は、雇止めを肯定する方向での評価です。何度も何度も悪い評価を受けていたのだから、勤務成績不良ということで企業から排除されても仕方ないという考え方です。

 二つ目は、雇止めを否定する方向での評価です。悪いとはいっても、何度となく有期労働契約を更新していたのだから、その勤務成績は労働契約を打ち切らなければならないような水準ではなかった、ゆえに雇止めは認められないという考え方です。

 このように真逆の評価が可能になる事実は、実際の裁判例において、どのように評価されているのでしょうか? また、いずれの方向にも評価されうる場合、評価のベクトルを決定付けている要因は、どこにあるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、さいたま地判令3.4.23労働判例ジャーナル112-1 公益財団法人埼玉県公園緑地協会事件です。

2.公益財団法人埼玉県公園緑地協会事件

 本件で被告になったのは、埼玉県内の公園その他の公共施設の管理運営に関する事業を通じて、緑豊かな憩いの環境を創造することなどを目的とする公益財団法人です(被告協会)。

 原告になったのは、平成25年4月1日に被告協会と有期労働契約を締結し、平成30年3月31日に雇止め(本件雇止め)を受けるまでの間、智光山公園(本件公園)内のこども動物園(本件動物園)で、飼育業務や事務等に従事していた方2名(原告P1、原告P2)です。

 原告らと被告協会とは、先ず、平成25年4月1日に雇用期間を平成28年3月31日までとする雇用契約を締結しました(本件各雇用契約)。

 その後、本件各雇用契約は、平成28年4月1日と平成29年4月1日に、それぞれ雇用期間を1年間とする形で更新されました。

 そして、2回目の更新契約の終期である平成30年3月31日に雇止めを受けました。これに対し、原告らが、被告協会を相手取って、雇止めの無効を理由に、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告協会は、雇止めの理由として、原告らの能力不足を挙げ、

「原告らは、施設の特性を熟知し、管理運営に精通している者であることを前提として被告協会で雇用されており、同様の業務を行う他の職員と比較しても高額の給与を支払われていた。ところが、実際の原告らの働きぶりは能力不足と評価せざるを得ないものであった。」

「すなわち、原告P1は、アルバイトと同程度の業務しか行うことができず、書面作成能力やパソコンスキルが劣り、被告協会の管理課長による繰り返しの指導にもかかわらず改善されなかった。そのため、原告P1が作成した書面については、常に他の職員がダブルチェックをしなければならない状況であり、原告P1が作成した棚卸表については、他の職員が最初から作り直さなければならないこともあった。原告P1の能力不足は、平成29年度の原告P1の人事考課が、A、B+、B-、Cの4段階中B-評価であり(なお、8割以上の職員がB+以上の評価を受けている。)、評価点数も全職員の下位4パーセントに位置する19点であったことからも明らかである。」

「また、原告P2は、班長としてアルバイトを指導統率する立場にあったにもかかわらず、アルバイトに対し高圧的な態度で暴言を吐き、飼育業務についてもアルバイト任せで全体を統括する能力に欠けていた。原告P2の能力不足は、原告P2が、人事考課において、平成26年度から平成29年度の4年間連続で最低のC評価を受けていることからも明らかである。」

「これらの事情からすると、本件雇止めには客観的に合理的な理由があるというべきである。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告協会の主張を退けました。

(裁判所の判断)

「被告協会は、原告らが能力不足であることをもって、本件雇止めには客観的に合理的な理由があると主張する。」

「確かに、前記認定事実・・・のとおり、本件雇止め直前の人事考課を見ると、原告P1が下から2番目のB-評価(なお、評点はB-評価の中でも最も低い値である。)、原告P2が最も低いC評価とされていること、同年度において、B-又はC評価を受ける職員が極めて少なく、ほとんどの職員がB+以上の評価を受けていること、また、過去5年間の人事考課を見ても、原告P1はB-評価を3回受けており、原告P2に至っては4年連続でC評価を受けていること、実際に、原告P1に対してはパソコンスキルを含む業務上の能力不足について、原告P2に対してはアルバイト社員に対する態度や人間関係について、上司から繰り返し指導がされていたこと・・・が認められる。このことに加えて、原告ら元公社職員が、他の被告協会の従業員よりも高い水準の給与を受け取っていたこと(弁論の全趣旨)を併せ考えると、原告らが、他の正規職員よりも高水準の給与を得ていながら、それに見合った働きができていないと評価されることは、相応の根拠があってやむを得ない面がある(なお、原告らは、前記人事考課の結果が意見聴取者の原告らに対する私怨に基づくもので正当な評価ではないと主張するものの、これを認めるに足りる証拠はない。)。」

「他方で、人事考課や前記各証言等において指摘されている原告らの業務上の問題点は、原告P1については、積極性がないこととパソコン操作に関する能力不足、原告P2については、リーダーシップ不足という点が中心であって、いずれも業務の遂行に重大な支障を及ぼすほどのものでなく、引き続き指導教育を施し、あるいは職務内容や配置を調整変更することで対処することができると考えられるから、これらの事情が直ちに本件雇止めの合理的な理由になるとは言い難い。」

「また、本件各雇用契約では勤務上の問題がある場合、5年の経過を待たずに更新を拒絶することを否定していないところ(本件特例要綱第4条参照)、原告らが人事考課で低い評価を受けながらも、これまでの2回の更新機会に雇止めが検討された形跡がないことや、原告らが能力不足を理由とする懲戒処分を受けたことはないことなどの事情を踏まえると、被告協会においても、原告らの業務上の問題や能力不足が雇用契約の継続を困難とするほど著しいものであったとは評価していなかったことがうかがわれる。

「そうすると、原告らに能力不足の点があることは否めないとしても、これだけで本件雇止めに合理的な理由があるということはできない。」

「なお、被告協会は、原告らの能力に比してその賃金が高水準であることを問題視しているが、賃金額それ自体については、雇用契約を維持したままこれを調整することも可能である以上、直ちに雇用契約それ自体を終了させることについての合理的な理由にはならないというべきである。」

3.ポイントは「雇止めが検討された形跡」か?

 真逆の評価が可能な事実は、大抵、労使がそれぞれ自分に都合の良い評価を加えます。しかし、それぞれの立場から評価を言い合うだけで、判断を裁判所任せにするのでは、最善の訴訟行為とはいえません。

 二通りのベクトルで評価可能な事実がどちらの方向で評価されるのかは、偶然によって決まるわけではありません。鍵となる事実によって規定されます。本件の場合、鍵になったのは、更新機会に雇止めが検討された形跡がなかったことなどでした。これがポイントになって、人事考課が低い中で契約が更新されてきたことは、雇止めを否定する方向で評価されることになりました。

 雇止めを検討された形跡がベクトルの方向を定めるポイントになったことは、より踏み込んだ主張を行うため、銘記されておいてよいことだと思われます。