弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不更新条項に基づく雇止めが認められなかった例

1.雇止めと不更新条項

 労働契約法19条2号は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、

有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。

 この規定があるため、契約更新に向けて合理的期待を有している労働者は、さしたる理由もなく契約更新を拒絶されることから保護されています。

 しかし、有期労働契約を更新する際、「今回は更新するが、次の期間満了時の契約更新は行わない。」という趣旨の条項(不更新条項)付きの契約の締結を求められることがあります。

 それでは、この不更新条項付きの契約にサインしてしまった場合、そのことは合理的期待の消長にどのような影響を与えるのでしょうか?

 現在の裁判実務に強い影響力を持っている佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕447頁には、

「契約更新時において労働者が置かれた・・・状況を考慮すれば、不更新条項を含む契約書に署名押印する行為があることをもって、直ちに受諾の効果を認めるべきではなく、前記行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかを検討する必要があり・・・、これが肯定されて初めて、不更新条項の合意による更新の合理的期待の放棄がされたと認めるべきことになる」

と書かれています。

 一般の方には分かりにくい表現だと思いますが、要するに、不更新条項付きの契約書にサインしてしまったとしても、合理的期待が消滅する場合もあれば、消滅しない場合もあるということです。

 実際、これまでに公表されてきた裁判例の状況も、不更新条項付きの契約書にサインしてしまったことをもって、合理的期待が消滅したと判示したものと、合理的期待は未だ失われていないと判示したものとに分かれています。

 このように裁判例の判断が分かれている問題は、結論を予測することが困難であり、実務家にとっての悩みの種になっています。少しでも予測の精度を高めるためには、関係する裁判例が公表される毎に、これを考察し、知識として頭の中に蓄積して行くという地道な作業をして行くよりほかありません。

 近時公刊された判例集に、不更新条項付きの契約書にサインしながらも、雇止めの効力が否定された裁判例が掲載されていました。さいたま地判令3.4.23労働判例ジャーナル112-1 公益財団法人埼玉県公園緑地協会事件です。

2.公益財団法人埼玉県公園緑地協会事件

 本件で被告になったのは、埼玉県内の公園その他の公共施設の管理運営に関する事業を通じて、緑豊かな憩いの環境を創造することなどを目的とする公益財団法人です(被告協会)。

 原告になったのは、平成25年4月1日に被告協会と有期労働契約を締結し、平成30年3月31日に雇止め(本件雇止め)を受けるまでの間、智光山公園(本件公園)内のこども動物園(本件動物園)で、飼育業務や事務等に従事していた方2名(原告P1、原告P2)です。

 元々、原告らは財団法人狭山市施設管理公社(公社)の職員として、本件動物園で、飼育業務や事務津に従事していました。しかし、平成24年度をもって狭山市が公社を廃止することにし、本件公園の指定管理者を公募した結果、被告協会が代表団体を務めるジョイントベンチャー(本件JV)が新たに指定管理者として指定されたため、被告協会と雇用契約を締結することになったという経緯があります。

 事案の特殊性としては、公社廃止の際、狭山市が労働組合との間で、雇用確保に関する協定(本件協定)を取り交わしていたことがあります。

 本件協定では、指定管理者の公募にあたり、次のような内容を仕様書に盛り込むことが表明されていました。

「1 施設の円滑な管理運営を実践するため、施設の特性を熟知し、管理運営に精通している狭山市施設管理公社の正職員で、引き続きこども動物園での勤務を希望する者については、同公社在職時と同等の処遇により雇用すること。(略)」

「2 指定管理に伴い雇用した元公社職員については、指定期間が満了した後も、本人が引続きこども動物園での勤務を希望した場合、次の指定管理期間においても同所での勤務ができるよう誠意を持って対応すること。」

 こうした仕様書のもとで被告協会は本件JVを結成し、本件公園の指定管理者に応募しました。仕様書を受けた被告協会の事業計画書には、

「狭山市智光山公園こども動物園に勤務する狭山市施設管理公社の正職員で、引き続きこども動物園での勤務を希望する者の雇用条件は、次のとおりとします。」

「【1】雇用形態 期間の定めのある雇用契約」

「【2】雇用期間 平成25年4月1日から平成30年3月31日(指定管理期間5年)※雇用契約を行う期間は、後日協議します。」

「【3】勤務地 智光山公園こども動物園 ※本人の同意等があり、こども動物園以外の施設へ人事異動を行う場合は、別途狭山市との協議により勤務地を決定します。」

「【4】その他 指定管理期間の終了をもって、雇用関係は終了します。」

「更に、次々期以降の指定管理者の募集に当たっては、指定管理者が円滑な管理運営を行う上で望ましい体制づくりとして、経験者の継続雇用を依頼してまいります。」

と書かれていました。

 こうした経緯のもと、原告らと被告協会とは、先ず、平成25年4月1日に雇用期間を平成28年3月31日までとする雇用契約を締結しました(本件各雇用契約)。

 本件各雇用契約は、平成28年4月1日と平成29年4月1日に、それぞれ雇用期間を1年間とする形で更新されました。

 しかし、平成29年4月1日の2回目の更新時に取り交わした雇用契約書には、

「期間の定めあり 平成29年4月1日から平成30年3月31日(1年間)」

「契約の更新 契約更新しない」

と書かれており、原告らはこれに押印していました。

 被告協会が不更新条項付きの契約書を提示したのは、本件JVが本件公園の管理者に指定されたのが、平成30年3月31日までとされていたことに対応します。

 その後、被告協会は、平成30年4月1日~平成35年3月31日を指定期間とする本件公園の指定管理者に応募し、指定管理者への再指定を受けました。

 しかし、被告協会が不更新条項に従って原告らを雇止めにしたところ、原告らは地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では、不更新条項付きの契約書を提出した原告らに、契約更新に向けた合理的期待が認められるのか否かが争点の一つになりました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待を認めました。結論としても、原告らの地位確認請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「原告らは、本件各雇用契約を締結した時点で、少なくとも被告協会が本件公園の指定管理者である限り、平成30年4月1日以降も雇用契約が更新されることについて合理的な期待があったというべきである。」

「さらに、原告らは、被告協会に雇用されて以降も、契約期間が5年間であることは、契約更新の度に繰り返し説明を受けていたものの、それを超えて、平成30年4月1日以降は指定管理者の指定いかんにかかわらず雇用を継続しないことについて、被告協会から明確な説明を受けていたとは認められない。それどころか、1回目の更新の際、P6が原告らに対し、本件各雇用契約が5年以上継続した場合に適用される規定である労契法18条の説明をしていること、原告P2がP6に対して指定期間満了後の雇用について質問した際も、P6から自分の一存で決めることではないなどと答えるにとどまったことを併せ考えると、原告らは、本件各雇用契約を締結した以降も、雇用継続の合理的な期待を引き続き抱いていたといえる。」

「他方で、2回目の更新の際には、本件各雇用契約に係る契約書に次年度以降の更新を行わない旨の不更新条項が含まれており、面談したP8も、原告らに対し同旨の説明を行ったことから、この時点で、原告らの契約更新への期待が失われたとも考え得る。

しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、その際の説明は、本件特例要綱に従うと、今回が最後の更新になるというにとどまり、次期指定管理者として指定された場合における雇用継続の有無については、特段の説明がされていなかった。そして、原告らは、被告協会が次期の指定管理者の指定を受けられるか未確定のため、このような条項を入れざるを得ず、次期管理者に指定された場合には、本件協定に沿った被告狭山市の要望に応じて、引き続き雇用が継続されるものと理解した上で、雇用契約書への押印に応じたものである(このことは、原告らが平成29年8月4日に再就職のあっせんを受けたことで、初めて組合関係者のP9に雇止めの相談を持ち掛けたことからもうかがわれる。)。そうすると、2回目の更新の際、被告協会から今後の更新は行わない旨の説明を受け、契約書に不更新条項が含まれていたとしても、原告らは、本件各雇用契約を終了させる意思を有していないことはもとより、不更新条項が次期管理者の指定いかんにかかわらず、本件各雇用契約を更新しないという趣旨であることを原告らが理解していたとはいい難い。

したがって、2回目の更新の際のP8の説明や、雇用契約書の不更新条項の記載をもって、原告らの前記合理的な期待が直ちに失われたということはできない。

3.十分な趣旨説明が欠落していた

 原告らは、不更新条項の趣旨を、指定管理者の指定期間に平仄を合わせたものにすぎず、被告協会が再指定を受けられた時まで自分達が雇止めを受けることは想定していませんでした。

 これに対し、被告協会は再指定を受けられた場合でも、原告らを雇止めにすることを意図していました。

 ここに認識の齟齬があったわけですが、裁判所は、原告らが不更新条項を付きの契約書の趣旨を理解し難いとして、合理的期待は失われていないと判示しました。

 使用者側から適切な説明・情報提供が行われなかった結果、認識の齟齬が生じた場合、不更新条項付きの契約書を提出してしまっていたとしても、雇止めの効力を争える可能性は残されています。

 本件は不更新条項が雇止めの効力を争うことの妨げとならなかった事案として、実務上参考になります。