弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止めにおける合理的期待と正社員登用制度

1.雇止めにおける合理的期待と正社員登用制度

 有期労働契約社員と無期労働契約社員との間で不合理な労働条件格差を設けることは、法律によって禁止されています(旧労働契約法20条、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条、9条参照)。

 問題は格差の合理性をどのように判断するかですが、一般論として、正社員登用制度があることは、格差の合理性を肯定する要素になると理解されています(最三小判令2.10.13労働判例1229-90 メトロコマース事件等参照)。これは、分かりやすく言うと、無期労働契約社員になろうと思えばなれるのに、登用を申し出ず、敢えて有期労働契約社員に留まっているという関係が成立する場合には、労働条件に格差があっても、それは有期労働契約社員自身の選択による結果なのだから、不合理な格差とは認められないという趣旨です。

 それでは、このような理屈は、有期労働契約社員を雇止めする場合にも、あてはまるのでしょうか?

 労働契約法19条2号は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合(契約更新に向けた合理的期待のある場合)、客観的合理性、社会通念上の相当性がなければ労働契約を期間満了によって打ち切ることは許されないと規定しています。

 この合理的期待に関しては、

「最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた有期労働契約の満了時までの間におけるあらゆる事情が総合的に勘案される」

とされており、具体的には、

「当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無など」

が考慮要素になります(平成24年8月10日付け基発0810第2号「労働契約法の施行について」参照)。

 正社員登用制度は、この通達に例示されている事情には該当しませんが、合理的期待の消極要素にはならないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.6.16労働判例ジャーナル115-2 ドコモサポート事件です。

2.ドコモサポート事件

 本件は、有期労働契約者への雇止めの可否が問題になった事件です。

 被告になったのは、電気通信事業に係わる各種受託業務、テレマーケティングに関する業務等を行うことを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、障害者雇用枠で採用され、被告との間で有期労働契約を締結していた方です。契約の更新回数の上限を定める条項のもとで雇止めされたことを受け、その無効を前提として未払賃金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり、正社員登用制度の存在に触れたうえ、雇止めを有効と判断し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「労働契約法19条2号における有期労働契約が更新されるものと期待することについての合理的理由の存否は、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、他の有期労働契約の更新状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無等を総合考慮して決すべきものと解される。」

「前記前提事実及び認定事実によれば、被告においては、有期契約労働者である契約社員等の契約期間は、平成20年12月1日以降、原則4月1日から翌年3月31日までの1年間であり、契約の更新回数の上限は4回、1年ごとの雇用契約で、契約期間は最長で5年間として運用されており、契約社員等の就業規則においても、契約社員等の契約の更新回数の上限は4回であり、契約期間は最長で5年間である旨明記されていることが認められる。被告においては、雇用制度の改定が行われ、平成26年4月1日以降は、新雇用制度が導入されているが、同制度においても、有期契約労働者である有期社員の契約の更新回数の上限は4回であり、契約期間は最長で5年間とされ、有期社員の就業規則にも同旨の規定が置かれた上、旧雇用制度の有期契約労働者である契約社員等から有期社員に雇用替えした場合には、旧雇用制度の各雇用区分における従前の雇用期間を含め、通算して、契約の更新回数は最大で4回、契約期間は最長で5年間とされ、これまで運用されていることが認められる。また、被告においては、旧雇用制度下では、契約社員は、4年目又は5年目に、正社員又はスタッフ社員の採用募集に応募することが可能であり、その選考試験に合格すれば正社員又はスタッフ社員として採用され、新雇用制度下でも、有期社員は、4年目又は5年目に、エリア基幹職社員の採用募集に応募することが可能であり、選考試験に合格すれば同社員として採用されるところ、被告における有期契約労働者から無期契約労働者への採用率(合格率)は、年度によって異なるものの、旧雇用制度下では、おおむね15パーセント程度、新雇用制度下では、おおむね40パーセント弱から50パーセント程度であると認められる。一方で、上記各採用募集の選考試験に合格することなく更新限度回数に達した又は契約期間が5年に達した有期契約労働者は、期間満了により被告に雇止めされており、その数は年度によって異なるが、相当数に上ることが認められる。

このような被告における有期契約労働者に関する雇用制度及びその運用状況に照らせば、被告では、有期契約労働者については、無期契約労働者へのキャリアアップ(旧雇用制度下においては、契約社員からスタッフ社員へのキャリアアップ及びスタッフ社員からパートナー社員へのキャリアアップも含む。)の仕組みを設ける一方で、無期契約労働者の登用試験(旧雇用制度下においては、契約社員からスタッフ社員への登用試験及びスタッフ社員からパートナー社員への登用試験も含む。以下、この項において同じ。)に合格しない者については、長期雇用の適性を欠くものと判断し、更新限度回数又は契約期間の上限により契約を終了するという人事管理をしているものといえる。そうすると、被告の雇用制度においては、有期契約労働者は、無期契約労働者の登用試験に合格しない限りは、有期契約労働者として5年(更新限度回数4回)を超える長期間の雇用を継続していくことは予定されていないものといえる。

(中略)

「以上のとおり、被告における雇用制度及びその運用状況を踏まえると、被告の有期契約労働者は、無期契約労働者の登用試験(旧雇用制度下においては、契約社員からスタッフ社員への登用試験及びスタッフ社員からパートナー社員への登用試験も含む。)に合格しない限りは、5年(更新限度回数4回)を超える長期間の雇用を継続していくことは予定されていないこと、また、原告においても、上記運用に沿った有期労働契約を締結し、その後の更新状況も同運用に沿ったものであるから、原告において、本件契約が、更新限度回数4回を越えて、更に更新されるものと期待するような状況にあったとはいえないこと、加えて、原告は、平成28年度及び平成29年度に、エリア基幹職社員の採用募集に応募し、選考試験を受けたが、いずれの年度においても選考試験に合格できなかったことからすれば、原告が、平成30年3月31日の本件契約の満了時点で、本件契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認めることはできない。

3.正社員登用制度の存在に重点が置かれ、労働者側請求棄却となった例

 上述のとおり、裁判所は、正社員登用制度の存在を重視したうえで、雇止めの効力を認めました。

 正社員登用制度の存在が合理的期待を打ち消す要素になるためには、あればよいというだけではなく、実際に機能していることが必要です。本件では、4年目と5年目に二回チャンスがあり、各回の合格率40~50%という運用がなされていたという運用状況を前提としたうえで、消極要素としての意義が与えられています。

 理論的な可能性は考えられていたにせよ、実際に正社員登用制度が決定的な要素となって合理的期待が否定される例は比較的珍しく、本件は雇止めの可否を予測するにあたり、実務上参考になるように思われます。