弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有期契約の大学講師の無期契約に移行してもらうことに向けられた期待を雇止め法理で救済できるか?

1.大学講師の特殊性と雇止め法理

 大学講師の方は、任期制のもと、有期の労働契約を交わして働いている方が少なくありません。こうした方の多くは、好んで有期契約を結んでいるというよりも、無期契約に移行してもらうことを期待しながら働いています。

 この無期契約に移行してもらえるという期待を、雇止め法理の中で保護することはできないのでしょうか?

 こうした問題意識が出てくる背景には、次のような事情があります。

 有期労働契約は期間の満了により終了するのが原則です。

 しかし、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合、使用者側で契約更新を拒絶するためには、客観的合理的理由、社会通念上野の相当性が必要になります(労働契約法19条2号)。これを雇止め法理といいます。

 雇止め法理の適用により雇用期間が延長されることを避けるため、大学の多くは任期制の大学講師との間の契約に更新限度条項を挿入しています。この更新限度条項は、更新限度までは更新してもらえるという期待を高める反面、更新限度に達した以降の契約の更新に向けた合理的期待を低減させる機能を持ちます。したがって、更新限度まで有期労働契約の更新を繰り返した労働者を保護するにあたり、雇止め法理はストレートに適用しにくい面があります。

 有期契約⇒無期契約移行型の労働者を保護するための法律構成としては、神戸弘陵学園事件(最三小判平2.6.5労働判例564-7)という最高裁判例を活用することも考えられます。これは、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。」

と判示した最高裁判例です。

 この最高裁判例があるため、労働者は、有期契約の趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであることさえ立証できれば、元々無期労働契約が締結されていた(有期部分は試用期間であった)と主張することができます。

 しかし、神戸弘陵学園事件の判例の射程に関しては限定的に捉える見解が有力に提唱されており、裁判所は必ずしも神戸弘陵学園事件の引用に積極的ではありません。また、大学講師・大学教員には流動性が高いという特徴があるため、「有期契約の趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのもの」であることを立証しにくいという実情もあります。したがって、大学講師の方の無期契約への移行に向けた期待を神戸弘陵学園事件を活用して保護していくことも容易ではない現実があります。

 こうしたことから、更新限度に達した有期契約大学講師の無期契約への移行に向けられた期待に対し、本来有期契約の更新(有期契約⇒有期契約)の場面で使われる雇止め法理を適用、あるいは、類推適用することができないのか? という問題意識が出てくるのです。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.3.28労働判例ジャーナル128-30 学校法人目白学園事件です。

2.学校法人目白学園事件

 本件で被告になったのは、目白学園等を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結していた韓国語学科専任講師の方です。平成26年4月1日を始期とする有期労働契約を締結し、その後、2回に渡り有期労働契約を更新したものの、更新上限に達したとして、平成31年3月31日に雇止めにされました。こうした扱いを受けて、

「専任教員については、当初数年間を有期契約とし、概ね2年から3年後には無期契約に移行する運用となていた」

などとして、労働契約法19条2号の雇止め法理の適用を主張し、労働契約上の地位にあることの確認等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件では無期契約への移行を期待するような場面にも、労働契約法19条2号の適用ないし類推適用が認められるのかが問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。結論としても、原告の地位確認請求は棄却しています。

(裁判所の判断)

・有期雇用契約が引き続き更新されるであろうという期待

「原告は、有期雇用契約の専任教員が無期契約に移行して業績等に応じて教授へ昇格することが一般的であったなどと主張して、本件雇用契約が労働契約法19条2号に該当する旨主張している。」

「しかしながら、労働契約法19条2号の『当該有期労働契約が更新されるものと期待すること』でいう『更新』は、当該有期労働契約と接続又は近接した時期に有期労働契約を再び締結することを意味するもので、同一の契約期間・労働条件による契約の再締結を意味するものではないと解されるが(一種の法定更新を認める同条柱書とは場面を異にする。)、有期労働契約から無期労働契約への転換の場合まで含むものではないと解される。したがって、労働契約法19条2号の『当該有期労働契約が更新されるものと期待すること』というのは、有期労働契約が引き続き更新されるであろうという期待を意味するもので、無期労働契約に転換するであろうという期待を意味するものではない。

「そうすると、原告の上記主張は無期労働契約に転換するであろうという期待に係るもので、有期労働契約が引き続き更新されるであろうという期待に係るものではないから、労働契約法19条2号が規定する期待には当たらない。そして、原告は有期雇用教職員就業規則2条1項が定義する有期雇用教職員に当たるところ、有期雇用教職員については、同条2項で雇用期間の上限を5年と規定していて、有期雇用教員任用規則5条が規定する他の職位又は期限を付さない雇用に任用が転換されない限り5年を超えて有期雇用契約が継続することがない制度になっており、原告も、5年を超えて有期雇用契約が継続する例がほぼ存しないことを認めている(原告本人〔29~30頁〕)。」

「したがって、労働契約法19条2号が規定する期待を認めるに足りる証拠はなく、本件雇用契約は労働契約法19条2号に該当しない。」

・無期労働契約に転換するであろうという期待

「上記・・・を前提に原告の主張を善解すると、原告は、労働契約法19条2号ないしその背後にある解雇権濫用法理を有期労働契約から無期労働契約への転換の場合に類推できる前提で、本件においては、有期雇用教員任用規則5条が規定する任用転換の期待があって、その期待は客観的にみて法的保護に値する合理性が認められるとして、労働契約法19条2号ないしその背後にある解雇権濫用法理が類推適用されると主張していると解される。」

「そこで検討するに、原告は被告の経営する目白大学の教員として本件雇用契約を締結した者であるところ、大学の教員の雇用については一般に流動性のあることが想定されている(大学の教員等の任期に関する法律1条参照)。」

「また、前記のとおり、被告の有期雇用教職員については、有期雇用教職員就業規則2条2項で雇用期間の上限を5年と規定していて有期雇用教員任用規則5条が規定する他の職位又は期限を付さない雇用に任用が転換されない限り5年を超えて有期雇用契約が継続することがない制度となっており、原告も、被告に入職して最初に合意した契約である本件雇用契約1(契約期間3年)には、再契約する場合でも通算契約期間を5年以下としてそれ以降は理由の如何を問わず再契約しない条項があり、本件雇用契約1の契約期間途中(残2年あり)で合意した本件雇用契約2(契約期間3年)には、有期雇用教職員就業規則2条に従い原則として再契約しない条項があり、本件雇用契約2の期間満了時に合意した本件雇用契約3(契約期間1年)には、有期雇用教職員就業規則2条に従い再契約しない条項がある。」

「そして、被告の有期雇用教員任用規則は、5条で被告が特に必要と認めた場合に所定の審査を経て他の職位又は期限を付さない雇用に任用を転換することがある旨規定するのみで、有期雇用教員から任用の転換を請求して審査を受けて審査に通れば転換されるような規定がないから、本人の同意を得て任用の転換審査を実施するか否かの決定は被告の判断に委ねられているといえる。」

「そうすると、原告が主張する期待について客観的にみて法的保護に値する合理性を認めることはできず、労働契約法19条2号ないしその背後にある解雇権濫用法理の類推を認めることもできないというべきである。

「これに対し、原告は、前記・・・のとおり、平成18年から平成31年4月1日までの間の着任時有期契約であった312名中、無期契約への移行可能性のある96名のうち82名(85%)が無期契約に移行していて、そのうち教育専担として採用された後に准教授に昇格した5名中3名が無期契約に移行していて、無期契約に移行しなかったのは原告及びその前任者のみで、上記96名のうち外国語学部所属16名中14名(原告及びその前任者以外)が無期契約へと移行しているとして、原告が専任教員としての准教授となった段階で無期契約へ移行することを強く期待できる状況にあったと主張している。しかしながら、被告は、前記・・・のとおり、平成26年度から平成29年度までに被告(大学)に入職した有期雇用の教授、准教授、専任講師合計74名から無期雇用となった者は合計24名(32%)、有期雇用の准教授14名から無期雇用となった者は合計5名(36%)にすぎないと反論していて、抽出条件等によって割合が大きく変わるものであるところ(原告と被告の差異は昇格していない教育専担等を除外するか否かによるところが大きいとうかがえる。)、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、仮に原告の抽出条件を前提にしても、外国語学部所属16名のうち原告の所属していた韓国語学科に限ってみれば、原告を除く3名のうち1名(原告の前任者)が准教授の職位にあっても平成27年3月に無期契約に移行しないまま契約期間満了で退職になったと認められ、原告が主張するような無期契約への移行を強く期待できる状況にあったとみることは困難である。この点、原告は、上記前任者が雇止めになった理由は問題が多かったことによるもので原告自身の雇止めの可能性を考えなかったなどと供述するが・・・、人事権者からの情報によるものではないし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告は、上記前任者が被告に労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた民事訴訟事件(東京地方裁判所平成27年(ワ)第2046号)において、上記前任者について『在職中の誠実性、勤勉性、教育者としての一定水準以上の能力及び適性並びに研究者としての業績等について、ことさらに否定的な評価を持ち合わせて』いないなどと主張していたと認められることをも踏まえると、上記前任者の例が特異であるとみるべき合理的根拠があるとは認められない。」

「また、原告は、前記・・・のとおり、選考手続が実施されていないなどと主張するが、有期雇用教職員就業規則2条2項の雇用期間5年を超えない範囲における有期雇用契約に係る手続の事情をもって、無期への転換の期待の判断要素とみることは困難である。」

「さらに、原告は、前記・・・のとおり、被告が平成31年度以降の原告の雇用を前提として文部科学省に再課程認定申請(大学の都合による変更が認められない・・・)をしたことについて主張するが、被告は、前記・・・のとおり、平成30年4月1日当事の教員を記載して申請しただけで必要に応じて教員の変更をすることが排除されていなかったと反論していて、上記申請後の雇止めを理由とした変更が認められるか否かは文部科学省の判断によるというほかないが(証人D・・・は本件雇止めと関係ない理由で上記申請が後に取り下げられたと供述していて、実際に変更が認められるか否かは不明である。)、いずれにしても被告の文部科学省に対する上記申請事実をもって労働契約法19条2号ないしその背後にある解雇権濫用法理が類推適用される根拠となるほどの事情とみることはできない。」

「また、原告は、前記・・・のとおり、原告が平成31年度以降も継続する業務を担当していて1年生の担任や3年生のゼミも担当していた旨主張するが、複数年度にわたって学生を継続的に指導する場合に担当教員の変更がない方が便宜といえるものの、担当教員の交代が不可能であるとは考え難く、この点を理由に労働契約法19条2号ないしその背後にある解雇権濫用法理が類推適用される根拠となる事情とみることはできない。」

「加えて、原告は、前記・・・のとおり、Cが長期雇用を期待させる発言をしたなどと主張し、原告本人・・・も、D学科長(当時)、L外国語学部長(当時)、K韓国語学科長(当時)らから長期雇用を期待させる発言があった旨供述しているが(原告本人〔4~5・17~20頁〕、甲32〔5~6頁〕)、仮にそのような事実が認められるとしても、原告の挙げる発言者は無期労働契約への転換の人事権を有する者ではないから、労働契約法19条2号ないしその背後にある解雇権濫用法理が類推適用される根拠となる事情とみることはできない。」

「なお、原告は、前記・・・のとおり、韓国語学科の学科予備選考委員会が原告を推薦しないと決議した事実はない旨主張するが、原告も韓国語学科が原告を無期専任教員として推薦すると決議した事実を主張するものではなく、仮に上記推薦決議があったとしてもその効力に関する規定は見当たらず事実上のものにすぎないから、いずれにしても本件の判断に影響する事情とみることはできない。」

「したがって、原告の主張を踏まえても、その主張する期待について客観的にみて法的保護に値する合理性を認めることはできず、労働契約法19条2号ないしその背後にある解雇権濫用法理の類推を認めることはできない。」

3.事情によっては類推適用はできるのか?

 以上のとおり、裁判所は、有期労働契約⇒無期労働契約に向けた期待に対する労働契約法19条2号の雇止め法理の適用、類推適用のいずれも否定しました。

 ただ、類推適用を否定するにあたっては、かなり詳細な判断をしています。事案によっては、類推適用は肯定される余地があるのかも知れず、雇止め法理の類推適用という法律構成自体は覚えておいて損はないように思われます。