弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

係争中にインターネット上で相手方や事件関係者を非難することの危険性

1.係争相手をネットで非難することの危険性

 事件進行中、依頼者から、相手方をインターネット上で非難してもいいかと相談を受けることがあります。

 心情的に理解できる場合は少なくありません。しかし、裁判での勝敗を第一に考える法専門家としては、

「控えておいてください。」

と回答するのが正解だと考えています。

 理由としては、

① 相手を非難しても、それにより裁判に勝ち易くはならないこと、

② 相手方の過剰反応の正当性を基礎付けてしまう危険があること、

③ 名誉毀損等で逆に訴えられかねないこと、

④ 感情的な対立を激化させ、和解を難しくすること、

などが挙げられます。

 昨日、一昨日とご紹介している、東京地判令3.5.17労働判例ジャーナル115-44 学校法人中央学院事件は、こうしたインターネットの持つ危険性が顕在化した事案でもあります。この事件では、関係者を刺激する書き込みをしたことが、②のリスクを顕在化させました。

2.学校法人中央学院事件

 本件は、大学を設置する学校法人が、非常勤講師に対して行った、約17か月に及ぶ講義禁止・大学敷地内への立入禁止を内容とする業務命令の適否が争点となった事件です。

 被告になったのは、大学を設置、運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告大学の非常勤講師として採用され、法哲学、外国法(大陸法)の講義を担当していた方です。

 原告は、女子学生らに対してハラスメント・不適切行為をしたことを理由に、平成30年10月17日付けで、

「貴殿は、この命令書到達の日から2020年3月31日まで中央学院大学において講義をしてはならず、かつ中央学院大学の敷地内に立ち入ってはなりません。ただし、正当な労働組合活動のために必要な範囲での敷地内への立ち入りは認めます。なお、上記の期間の賃金としては、非常勤講師の本俸表に基づく本俸のみを支給します。」

との内容の業務命令を受けました(本件業務命令)。これに対し、ハラスメント行為の存否や、当該行為のハラスメントへの該当性を争い、違法な業務命令によって精神的苦痛を受けたとして、慰謝料の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件業務命令は、向こう約17か月と極めて長期間に渡り講義・大学構内への立入を禁止するものであったことから、その必要性や合理性が問題になりました。

 ここで問題になったのが、原告の方のブログへの書き込みです。原告の方は、本件業務命令の発令後、

「モンスター・スチューデントがハラスメント行為をでっち上げて申し立てたが、当該学生の一人には不審な行動が多々認められ素行不良であるなどと記載したブログを公開」

しました。

 このブログへの書き込み行為について、裁判所は、次のとおり評価したうえ、本件業務命令の適法性・有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告としては、C及びDの安全な環境の下での就学を実現するために必要な措置を講ずべきところ、本件業務命令は、被告がそのための措置として発令したものであるから、その必要性等を判断するに当たっては、同命令発令時におけるC及びDの安全な就学を実現するという観点からみる必要があり、まず、原告、被告並びにC及びDらの当時の具体的状況を検討する。」

「本件各行為は、男性教員である原告が女子学生を含む学生に対し性的な事実関係を尋ねたり一方的に身体接触したりしたものであり、C及びDは、原告に恐怖感や嫌悪感を抱き、原告の授業に出席できなくなっただけでなく、原告と会う可能性がある被告大学への登校自体を避けたいと感じていたこと、被告大学の在籍学生は約3000人程度で比較的小規模の大学であることや教員及び学生はおおむね最寄り駅からスクールバスによって通勤及び通学している立地状況であり、通学中や在校中にC及びDが原告と会う可能性が低いとはいえないこと、本件業務命令の直後に原告が書記長を務める本件組合がDをモンスター・スチューデントなどと評するブログを公開するなどDに対し攻撃的な態度に出ていたことなどの事情を総合すると、原告にそのまま授業を担当させ、被告大学への自由な出入りを許容した場合には、C及びDは、原告に対する恐怖感や嫌悪感から、原告が担当する授業に出席できないだけでなく、被告大学への登校自体ができなくなる現実的な可能性があり、その場合には、両名の被告大学の卒業が困難となる可能性もあったものであるから、前判示のとおり良好かつ適切な就学環境を提供する義務及び安全配慮義務を負っていた被告としては、被害者と加害者が再度接触しないための措置を講じ、両名が被告大学に通学できない事態を防止し、両名に就学上の不利益が生じないよう配慮する必要性があったものといえる。

「そうすると、本件各行為がハラスメント等に該当する以上、被告において、被害者であるC及びDの心情及び在学期間を考慮し、本件業務命令時点において3年生であったDの卒業予定時期である令和2年3月31日までを終期として、原告の講義及び被告大学への敷地内への立入りを禁止し、これを維持した本件業務命令は、良好な就学環境を実現するために具体的な必要性が存在したというべきである。」

(中略)

「17か月を超える長期間である点についても、Dが被告大学を卒業するまでの期間を考慮したものであり、C及びDは、本件業務命令発令後、担当カウンセラーに対し、労働組合活動のための立入りをも禁止してもらいたい旨の要望を述べたこと、本件業務命令の期間中に、本件組合により前判示のとおり、モンスター・スチューデントを非難する内容のブログが記載されたことなどの事情を総合すると、学生の良好な就学環境を維持し、学生に対する安全配慮義務を負っている被告において、本件業務命令を維持する必要があると判断してこれを中断しなかったこと、その反面として、原告の被告大学における講義及び立入りが17か月を超えて制限されたことが、原告に対して必要以上に不相当な不利益を与えたものと評価することはできない。

「そして、原告は、被告から論文発表や研究会への出席などについて禁止されているわけではなく、本件業務命令の期間中も被告大学以外の複数の大学において継続的に講義を行っていたものであるから、原告が本件業務命令によって大学教員として被る不利益や制約される研究活動は限定的なものにとどまるといえる。また、原告が本件業務命令の終期である令和2年3月31日に被告を退職し、同年4月1日付けで〇〇大学に専任講師として採用されたことなどの事情も考慮すると、本件業務命令によって原告の他大学での大学教員としての就職について具体的な危険性や支障が生じたとみることはできない。加えて、前記認定のとおり、本件業務命令の期間中に、本件組合により前判示のとおりの内容でブログを記載していることも踏まえると、原告の組合活動が阻害されたとは認められない。そして、本件業務命令はC及びDの良好な就学環境を保持するためのものであり、両名がより厳しい措置を要望していたことなどの前判示に係る諸事情も踏まえると、他に現実的かつ具体的に採りうる措置があったと認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると、原告は、私立大学の教員にも憲法23条に基づく教授の自由が保障されると主張し、教授の自由の一内容として学問研究を通じて得た知見を学生に対し発表、教授し、さらに学生を指導するという法律上保護される利益や、これから派生して被告大学の構内に立ち入り講師準備室や図書室等の施設を利用する権利や学生と交流し接触する利益を有すると主張するところ、本件業務命令によって原告主張に係る上記権利、利益が制約される部分があったとしても、原告の上記権利、利益をその必要性を超えて過度に制約するものとはいえないというべきである。」

3.ブログが裁判所の心証に悪影響を与えている

 確かに、アカデミックハラスメントの問題は軽視されるべきではなく、大学側が学生の安全を守るために相応の措置をとらなければならなかったことは理解できます。しかし、幾ら懲戒処分ではないからといって、流石に17か月もの長期に渡って講義・構内への立入禁止を命じることは、行為責任という観点からの疑義があります。この事件の裁判体は本件業務命令を適法・有効だと判示しましたが、本件は決して結論が自明な事件ではないだろうと思います。

 そうした事件において、被害者をモンスター・ステューデントと非難したのは、訴訟戦略上、適切な選択であったとはいえないように思います。このようなことをしてしまうと、大学側の反応の過剰性が分かりにくくなってしまうからです。

 本件のような事案もあるため、やはり、少なくとも裁判所での係争の結論が出るまでの間は、事件に関連することをインターネット上には公開しない方が無難です。

 

※ 本件記事は裁判所で認定された事実を前提に作成しましたが、ハラスメントの事実自体に争いがある事案であることにはご留意ください。