弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部下(学科教員)から上司(学科長)に対するパワーハラスメントの否定例

1.部下から上司に対するパワーハラスメント

 パワーハラスメントとは、

職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう

とされています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

 このうち①の「優越的な関係」とは、上司と部下のような関係が典型です。

 しかし、部下から上司に対する言動も、パワーハラスメントに該当しないわけではありません。例えば、

「同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」

などは、「優越的な関係を背景とした」言動に該当すると理解されています。

 上司といっても労働者であることに違いはなく、部下からの言動を一定の範囲で「パワーハラスメント」と扱うことは、労働者保護の観点から、決して悪い話ではありません。

 しかし、

部下から上司に対する言動もパワーハラスメントに該当する可能性がある、

という一般論についても、使用者側から濫用的に用いられる例は少なくありません。昨日ご紹介した水戸地判令4.9.15労働判例ジャーナル130-14 学校法人常磐大学事件は、部下から上司に対する言動について「優越的な地位を背景とした」言動であることが否定された事案としても参考になります。

2.学校法人常磐大学事件

 本件で被告になったのは、常盤短期大学(本件大学)を設置する学校法人です。

 原告になったのは、昭和58年4月に被告に雇用され、平成22年4月から本件大学幼児教育保育学科(本件学科)の教授として勤務していた方です。複数の教員や学生に対するハラスメント行為を理由に停職1年間の懲戒処分(本件懲戒処分:令和2年6月1日~令和3年5月31日)を受けた後、その無効確認や停職期間中の賃金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では被告から多数のハラスメント行為が摘示されていますが、その中に下位者(原告)から上位者(c)に対するハラスメントが含まれていました。

  被告側は、

「原告は、cに対し、以下のハラスメント行為をした。なお、当時、cは本件学科 の学科長であり、原告は学科教員であったが、パワーハラスメント(以下『パワハラ』という。)における優越的地位にあるかは実質的に判断されるべきところ、原告は本件学科の最古参の教授であったのに対し、cは学科長に就任したばかりであり、一般に学科長が学科教員の上司として指揮・命令権を有するものでもない。」

「原告は、平成28年4月にcが本件学科の学科長に就任すると、cに対し、学科長がすべきことができていないとメールで執拗に叱責し、そのメールを学科全教員に送信し、cは、威圧感と苦痛を覚えた(以下『cハラスメント〔1〕』という。)。」

「原告は、平成29年1月26日、cに対し、再課程認定における教員の研究業績提出に関して、大至急対応するよう繰り返しメールで要求し、『責任回避』、『甚だ遺憾』などの言葉を向けるとともに、学科教員のほか、教職センター担当職員、教職センター統括補佐、教職センター長、学事センター統括、学事センター短大担当職員、副学長及び学生支援センター統括にCCを入れて送信し、cをさらし者にした(以下『cハラスメント〔2〕』という。)。」

「原告は、平成30年9月25日、臨時学科会において、原告が記録担当者であったが、会議の最後に議事録を書かないと主張して、『学科長が書いたらいい。たまには、学科長も書いたらいい』などと発言し、学科運営を妨害した(以下『cハラスメント〔3〕』という。)。」

などとして、懲戒権の行使は問題ないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、Cに対する言動がパワーハラスメント・懲戒事由に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成26年12月から本件学科の学科長となったが、平成28年4月からcが学科長になり(cは、令和2年3月31日までの4年間学科長を務めた。)、原告は学科教員となったことが認められる。3月31日 また、学科長は、被告の管理運営規程(以下『本件規程』という。)14条1項7号により管理職者と定められ、同規程15条1項では、『管理職者は、業務分掌規程に基づいて適正な計画を立て、配下の職員に指示を与え、業務を効率的に遂行し、その目的を達成しなければならない。』と定められている(・・・なお、同規程3条で、『この規程の対象となる組織及び職員は、特段の記載がない限り、法人及び法人の設置するすべての学校の組織及び職員とする。』とあり、『職員』から教員を除外する明示的な規定は存在しない。)。

パワハラとは、就労における優越的な関係を背景とする言動であり、業務上必要かつ相当な範囲を超えており、労働者に身体的又は精神的苦痛を与えるものを意味すると解されるところ、cは、本件学科において、学科長の役職にあり、本件規程15条1項に基づき、学科教員である原告を指導すべき立場にある。そして、たとえcにおいて原告が本件学科の最古参の教授であり、指導しづらいと感じていたとしても、当時、原告がそのような立場から事実上の影響力を行使できたなどという事情はうかがわれず(むしろ、平成28年度から原告に代わってcが学科長となり、原告は学科教員となったことから、本件大学での原告の立場は危うい状況にあったことがうかがわれる。)、これはあくまで心理的・心情的な事情に過ぎないものであるから、原告がcに対して優越的な関係にあったということはできない。

「cハラスメント〔1〕につき、cの学科長就任後から原告がメールで執拗にcを叱責し、そのメールを学科教員全員に送信したとする原告の具体的な行為の内容が被告の主張から必ずしも明らかでない」

「仮に乙3号証の5のメールがそれに当たるとすると(証拠説明書の立証趣旨では、同証拠についてdを非難する内容のメールと記載されているが、それに対応する被告の主張はない。)、これはdが学科会の議事録案を作成し、『ご確認の上修正が必要な点などございましたら、7月4日(月)までにお知らせくださいませ。なお、その際「全員に返信」ボタンにてご送信をお願い申し上げます。」という文言のメールを学科教員に送信したのに対し、原告が議事録の作成手順や内容、学科会の運営方法に関する質問や意見の表明、批判を内容とするメールを全員に返信する方法で送信したことが認められるのみであり、原告が平成28年6月29日の早朝午前5時、5時9分、6時、6時13分、6時18分に連続して5回、d宛てのメールを送信したことを含め、これにどのように対応するかはcやdに委ねられており(現にdがメールの返信をしたのは、同日午後7時44分であった。乙3の5)、意見表明や批判として度を超えるような表現も見当たらないことからすると、これが業務上必要かつ相当な範囲を超えてcに対するパワハラに当たるということはできない。」

「また、cハラスメント〔2〕につき、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告が、当時学科長であったcに対し、文部科学省による再課程認定(授業を担当する教員がその科目を担当するに相応しい研究業績を有するか否かなどを審査するもの)への対応を求めたり、それに関する原告の意見を述べ、cによる対応が不十分である旨を指摘したりするなどの内容のメールを関連する職員を含めて送信しており、そこでは原告が確認を求めた事項につきcが見解を示さなかったことについて『甚だ遺憾です』、学科に情報提供する学科長の責務を果たさないことについて『責任回避』などと表現したことが認められる。」

「しかし、いずれのメールの内容も以上の限度に止まっており、学科の管理職者である学科長として学科員から学科の運営に関する質問や指摘、批判を受けることは基本的には甘受すべきものであり、cとしても、原告からの質問や指摘、批判に必要な限度で対応すれば足りるものである。また、関連する職員にも併せて送信することについても業務上関連する以上、不必要ないし不相当ということはできないし、それだけで学科長であるcが『さらし者』になるということも考え難い(cによれば、自身が再課程認定に向けて学科長としてなすべきことをしていたという認識であったから・・・、なおさら『さらし者』になるということは考え難い。)。『甚だ遺憾』、『責任回避』といった表現についても、学科長であったcの対応を批判する趣旨を超えるものではなく、パワハラには当たらないというべきである。仮に原告による度を超えた批判等があれば、cは、本件学科の管理職者である学科長の立場として原告に指導・注意して改善を促すべきであり、そのような指導・注意をしていないにもかかわらず・・・、学科の運営等に関して学科長を批判したことなどを理由に原告を懲戒処分にすることは、合理性を欠くものと言わざるを得ない。」

「したがって、これが本件就業規則73条3号の定める懲戒事由に該当するとはいえない。」

「さらに、cハラスメント〔3〕につき、原告が、平成30年9月25日、臨時学科会の記録担当者であったが、会議の最後に議事録を書かないと言って、その作成を拒んだことが認められる・・・。」

「しかし、これは単なる職務放棄というべきものであり、原告と交代で学科長となったcに対する嫌がらせという意味合いがあった可能性はあるにせよ、被告の主張する懲戒事由である本件就業規則73条3号(『重大な過失により、本学の信用を損なうような行為をしたとき。』)に該当しないことは明らかである。」

3.ハラスメントに厳しいこととハラスメント概念を濫用することとは違う

 指摘するまでもありませんが、ハラスメントに厳しいこととハラスメント概念を濫用することは違います。懲戒権を行使するにあたり、ハラスメントの概念をラフに使うことは許されません。

 概念上は該当するとはいっても、部下から上司に対する言動がパワーハラスメントに該当すると認定される例は、それほど多くはありません。本件は、

使用者が部下から上司へのパワーハラスメントを問題視したこと、

使用者側の認定が違法だとされたこと

において二重に特徴的な事案です。

 本件は部下から上司への言動がパワーハラスメントに該当するのかを判断するにあたり参考になります。