1.パワーハラスメント
職場におけるパワーハラスメントとは、
職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるものであり、
①から③までの要素を全て満たすものをいう
とされています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。
実務上、パワーハラスメントではないかと問題になりやすいことの一つに、懲戒権の行使の示唆があります。人を懲戒できる立場になると、自分の手元にある権力を使ってみたくなるのか、懲戒処分の対象にならなないようなことまで見咎め、懲戒権の行使を示唆しながら部下を叱責する方は、少なくないように思います。
それでは、懲戒事由にならないようなことにまで、懲戒権の行使を示唆して叱責することは、パワーハラスメントといえるのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。那覇地判令5.6.27労働判例ジャーナル139-16 沖縄産業振興センター事件です。
2.沖縄産業振興センター事件
本件の被告は、
商工業者の事業活動を支援し、もって沖縄県産業の振興に寄与するため、産業振興会館の建設及び管理・運営に関する事業を行うこと等を目的とする株式会社(被告会社)、
被告会社の代表取締役専務G(被告G)
です。
原告になったのは、被告の正職員の方6名(原告A~F)です。「級別標準職務表及び個別の「昇給・昇格表」(以下、併せて『標準モデルプラン』ということがある)が職員給与規程の一部を構成していることの確認等等を求めて提訴したのが本件です。
本件の請求は多岐に渡りますが、その中の一つに、被告Gのハラスメントを理由として原告Bが被告らに請求した損害賠償請求がありました。
これは、標準モデルプランに基づく昇級及び昇格の見直しを被告Gから事前に伝えられた原告Bが、そのことを他の職員に話したところ、被告Gから
「あなたがなんで自分で判断するの。職員に話して、大馬鹿野郎じゃないの。大問題だよ。これこそ懲罰事項になるんだよ。給与担当というのはね、こういったことに関して非常に敏感にならないといけない。社員は仲間かもしれないけど、あなたは管理者側に立たないといけないんだよ。大問題だよこんなこと。僕はちゃんと調べて、手続も踏んで、やるべきことをやってからやるっていってるの。全然外したことやってないよ。でもあなたは担当だから、予め私は言ってるの。こんなことやってるよって。なんでそれを社員に言うの。ちょっと違うと思うね。もう一度心入れ替えなさい。」
と叱責されたことがハラスメントに該当すると主張し、損害賠償を請求した事件です。
この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、パワーハラスメントへの該当性を認めました。
(裁判所の判断)
「原告Bは、認定事実・・・のとおり、被告Gが令和3年4月5日に原告Bを呼び出して『大馬鹿野郎じゃないの。大問題だよ。これこそ懲罰事項になるんだよ。』などと発言(以下『本件発言』という。)したことについて、本件発言は原告Bを侮辱するものであって原告Bに対する不法行為に該当する旨主張する。」
「職場における優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境を害し、肉体的・精神的苦痛を与えた場合には、当該言動は、当該労働者に対する不法行為に該当するものと認められる(なお、被告会社の就業規則16条〔1〕も参照)」。
「本件発言は、認定事実・・・のとおり、原告Bが給与事務担当者として被告Gから予告された標準モデルプラン等の見直しを他の職員に話したことに対する指導としてされたものであるところ、被告Gは、本人尋問において、原告Bに標準モデルプラン等の見直しを他言しないよう明確に伝えたわけではないが、内容が給与に関する機微な情報であるので、原告Bにおいて当然他言しないようにとの指示であると受け取るべきであった旨供述する(被告G 18頁)。」
「しかし、被告Gがいかなる趣旨で標準モデルプラン等の見直しをする予定である旨を原告Bに告げたのかを原告Bに説明しない限り、原告Bにおいて、当該情報の取扱いをどのようにすべきかを直ちに判断することができないとうかがわれる上、被告Gから具体的に職員への他言を禁止されていなければ、被告会社の指示命令に従うことなどの遵守事項(就業規則15条)への違反といった懲戒の事由(就業規則53条)に該当するものとはいえない。」
「そうすると、懲戒の事由に当たる事実がないにもかかわらず、これを『懲罰事項になる』などと述べ、『大馬鹿野郎』、『大問題』などと過激な言葉で原告Bを叱責する本件発言は、被告会社の代表取締役専務という優越的な地位にある被告Gが、業務上必要かつ相当な指導の範囲を超えて、原告Bに対し、その名誉感情を害し、精神的苦痛を与えたものと認められるから、パワーハラスメントして不法行為に該当する。」
3.パワハラに該当するとされた
本件では「大馬鹿野郎」「大問題」なども文言も付加されていますが、裁判所は、懲戒事由がないにもかかわらず、「懲罰事由になる」などと述べることをパワハラとして不法行為に該当すると判示しました。
懲戒事由になるぞ/懲戒するぞ/懲罰にかけるぞ、などの叱責は、よく揉める言動の一つであり、裁判所の判断は、実務上参考になります。