弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

長期間かつ多数に及ぶパワーハラスメントを理由とする懲戒免職処分が取り消された例

1.パワーハラスメントによる懲戒処分

 人事院総長発 平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」(最終改正:令和2年4月1日職審-131)は、パワーハラスメントに関する懲戒処分の標準例を、次のとおり定めています。

「パワー・ハラスメント(人事院規則10―16(パワー・ハラスメントの防止等)第2条に規定するパワー・ハラスメントをいう。以下同じ。)を行ったことにより、相手に著しい精神的又は身体的な苦痛を与えた職員は、停職、減給又は戒告とする。」

「パワー・ハラスメントを行ったことについて指導、注意等を受けたにもかかわらず、パワー・ハラスメントを繰り返した職員は、停職又は減給とする。」

「パワー・ハラスメントを行ったことにより、相手を強度の心的ストレスの重積による精神疾患に罹(り)患させた職員は、免職、停職又は減給とする。」

https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html

 この規定を素直に読むと、パワーハラスメントをしたことが理由で懲戒免職される場面は、

「相手を強度の心的ストレスの重責による精神疾患に罹患させた」

といえる事案のうち、

その中でも更に情状が悪いもの

と極めて限定的に理解されているかのように思われます。これは国家公務員の懲戒処分の標準例ですが、地方公共団体の多くが同様の標準例を定めているため、地方公務員の懲戒処分に対しても事実上の影響力を有しています。

 こうした状況の中、停職処分についてのものではありますが、ハラスメントの加害者が被害者を威迫したことを理由とする懲戒処分(停職6か月)の効力について、これを違法とした原審の判断を破棄した最高裁判例が現れました。以前、このブログでも紹介したことのある、最三小判令4.6.14労働判例ジャーナル126-1、労働経済判例速報2496-3 氷見市消防職員事件(氷見市事件)です。

標準例に掲げられていない非違行為(ハラスメント加害者による関係者に対する圧力)の処分量定Ⅲ - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この判例は、それほど厳しく扱われてこなかったパワーハラスメント関係の非違行為について、従来の実務運用を見直す契機となるものかという観点からも注目されていました。氷見市消防職員事件(氷見市事件)以降、懲戒免職処分のハードルも下がるのかと個人的に注目していたところ、パワーハラスメントを理由とする懲戒免職処分が取り消された裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福岡地判例4.7.29労働経済判例速報2497-3 糸島市事件です。氷見市消防職員事件(氷見市事件)以降の懲戒免職処分の運用に関わる参考裁判例としてご紹介させて頂きます。

2.糸島市事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である糸島市です。

 原告になったのは、他の職員に対してハラスメント行為を行ったことなどを理由として懲戒処分を受けた方2名です(原告A1、原告A2)。

 原告A1、A2は、いずれも、糸島市消防本部の職員の方でした。

 原告A1は懲戒免職処分を、原告A2は戒告処分を受けたことについて、それぞれの処分(本件各処分)が違法であると主張し、その取消等を求める訴えを提起しました。

 本件で注目されるのは、原告A1の行為です。

 原告A1は、被告から、

平成15年頃から平成28年にかけて、

22項目(しごき、いじめ、暴言、侮辱など)、49もの行為

を非違行為として指摘されました。

 そのうち、裁判所でハラスメント防止規程違反と認定されたのは、

非違行為1、3、5~10、11の一部、13、16~20

の15項目に留まりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「地方公務員につき、地方公務員法所定の懲戒事由がある場合には、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁等参照)。」

「A1非違行為1については、本件懲戒指針の別表のうち、勤務態度不良(勤務時間中に職場を離脱して職務を怠り、公務の運営に支障を生じさせた職員)に該当し、標準的な懲戒処分の種類は、減給又は戒告に相当するものといえる。次に、A1非違行為3、5~7については、本件懲戒指針の別表のうち、職場内秩序を乱す行為(他の職員に対する暴行により、職場の秩序を乱した職員)又はこれに準ずる行為に該当するものと解され、標準的な懲戒処分の種類は停職又は減給に相当するものといえる。そして、A1非違行為8については、本件懲戒指針の別表のうち、セクシャルハラスメント(相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞等の性的な言動を行った職員)に該当するものと解され、標準的な懲戒処分の種類は減給又は戒告に相当するものといえる。さらに、A1非違行為9、10、11の第2及び第3、13、16~20については、本件懲戒指針の別表のうち、職場内秩序を乱す行為(他の職員に対する暴言により、職場の秩序を乱した職員)又はこれに準ずる行為に該当するものと解され、標準的な懲戒処分の種類は減給又は戒告に相当するものといえる。」

「本件懲戒指針によれば、職員が非違行為を2以上行ったとき(第3条)や、

(1)非違行為の態様が極めて悪質であるとき、

(2)非違行為が他の職員及び社会に与える影響が特に大きいとき等(第4条)

には、別表に掲げる懲戒処分の種類のうち最も重い懲戒処分よりも重い懲戒処分を行うことができるところ、原告A1は、少なくとも2以上の非違行為を行ったものと認められるから、標準的な懲戒処分の種類のうち最も重い懲戒処分である停職よりも重い懲戒処分である免職を選択することが可能であると解される(第3条2項参照)。」

「そこで、本件懲戒指針第2条に定める懲戒処分の基準を踏まえて、免職を選択することが懲戒権者の裁量権の範囲内であるかを検討する。」

原告A1は、主に係長級の役職に就き、部下や後輩の消防職員を適切に指導等すべき立場にありながら、数年にわたって、部下や後輩等の消防職員に対し、通常の範囲を逸脱ないし過剰にわたる訓練やトレーニングを行わせ、暴言や叱責等に繰り返し及んでおり、部下等に対する嫌悪や苛立ち、悪感情等を主な動機として感情の赴くままに非違行為に及んだ部分が多かったものと認められる。A1非違行為は、訓練やトレーニングの場面で行われることもあり、被害を受けた職員の中には、宙吊り等による身体的苦痛を受けた者がおり、また、暴言等により精神的にも苦痛を受けた者が相当数に上るものであったといえる。また、被告においては、ハラスメントに関するQ&A集を作成・更新し・・・、ハラスメントの防止措置に努めてきたこと・・・が認められ、原告A1は、ハラスメントに関する研修を繰り返し受けた・・・にもかかわらず、非違行為に及んでおり、ハラスメントに関する意識の低さもうかがえる。これらに加えて、原告A1は、A1非違行為1にあるように、離席による職務懈怠があり、日頃の勤務状況についても芳しくない面もある。

もっとも、訓練やトレーニングにおいて、逸脱ないし過剰にわたった程度としては、特段大きいとまではいい難く、原告A1には、部下等の訓練や指導等を目的とする部分があったこともうかがえ、部下や後輩の消防職員に対する指導等の度が過ぎた面があったといえなくはない。暴言や叱責等についても、過剰に言い過ぎた面や、表現が適切でなく、いわゆる口が悪い面が現れたにすぎないところもあったといえる。また、結果として、被害を受けた職員に重大な負傷等も生じていない。これらを踏まえると、A1非違行為は長年にわたり多数に上るものであるものの、極めて悪質である、又は、他の職員及び社会に与える影響が特に大きいとまではいえない(本件懲戒指針第4条1項(1)、(2)参照)。

また、原告A1は、本件免職まで、懲戒処分を受けたことがなく、また、通常の範囲を逸脱ないし過剰にわたる訓練やトレーニング、暴言や叱責等について、個別的に注意や指導を受けたとの事情も見当たらず、本件免職前の原告A1の能力考課シートに関しても、離席の点の他は特段の評価やコメントはされていなかったことが認められる・・・。

以上の各事情のほか、その他の本件懲戒指針第2条に定める事情を総合的に考慮すると、原告A1の非違行為は長年にわたり、多数に上るものではあるものの、それぞれの内容自体は上記・・・の事情が見受けられることからして、これまで懲戒処分歴がない中で、処分行政庁(消防本部消防長)が、原告A1に対する懲戒処分として、本件懲戒指針に定める標準的な懲戒処分のうち最も重い停職よりも重く、かつ懲戒処分の中でも最も重い免職処分を選択した判断は、処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き、本件免職は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法と評価せざるを得ない。

3.糸島市の戦略が不適切だったから取消請求が認容されたのか読みにくいが・・・

 労働者側で事件を処理していて、しばしば思うことの一つに、使用者側で懲戒事由の選定が適切に行われていないケースが、かなりあるということです。

 懲戒事由を長年に渡って大量に列挙するのは、その典型です。

 懲戒事由は枯れ木も山の賑わい的な発想で考えられるものではありません。懲戒事由として掲げられた事実が認定できないということは、判断の基礎事情が揺さぶられることを意味します。証拠上不確かな事実は、労働者側の反証活動により、裁判所で認定される事実から削りとられることになります。22項目中、7項目も削り取られてしまったら、単純計算で判断の基礎事情の3分の1が削り取られてしまうわけですから、「判断の前提条件が最早全然違ってきますよね。」という話になります(実際の事件では項目ごとの濃淡があるため、本来こう単純に行かないはずなのですが、「枯れ木も山の賑わい」型の主張をする使用者は、「何が大事なのか、何が重視されたのか」と求釈明で少し揺さぶりをかけるだけで、芋版で押したように「全部大事だ、全部重視した」と答えてくれることも多く、「等しく重視された項目のうち〇分の〇が・・・」という主張に繋げられることは結構あります)。

 また、長期間に渡って非違行為を掘り下げて行くというのも、あまり大した意味があるとは思えません。「非違行為がありながらも労働契約を存続させてきた」という事実と折り合いをつけることが難しくなるからです。特に、非違行為に対して何の処分もしてこなかったのであれば猶更です。当たり前ですが、本件の判決文からも、この点が問題になった形跡が見て取れます。

 本件に関しても、懲戒事由の構成が基盤の3分の1を削り取られるほど粗っぽいものであったため自滅しただけではないかという読み方ができる可能性があると思います。

 そのため、氷見市消防職員事件(氷見市事件)以降も、懲戒免職処分の厳格さは維持されたと判断してよいのかは、やや慎重になる必要があると思います。

 とはいえ、緩むかもしれないと思われていた状況下において、なお、懲戒免職処分の可否が厳格に司法審査され、長期間かつ多数に及ぶハラスメントに及んでなお、懲戒免職処分が違法とされた裁判例が出現したことは注目に値します。

 ハラスメントを理由とする懲戒処分の効力を争う局面において、本裁判例は厳罰化への歯止めとして活用することが考えられます。