1.労働時間の立証
残業代(時間外勤務手当等)を請求するにあたっては、
「日ごとに、始業時刻、終業時刻を特定し、休憩時間を控除することにより、(時間外労働等の時間が-括弧内筆者)何時間分となるかを特定して主張立証する必要」
があるとされています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。
過去の特定の日に何時から何時まで働いたのかを逐一正確に記憶できるはずもなく、これは一見すると労働者の側に高い負担を課しているようにも思われます。
しかし、使用者には、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法で労働時間を管理する義務があります(労働安全衛生法66条の8の3、同規則52条の7の3等参照)。この義務が適切に履行されている限り、何時から何時まで働いたのかは、打刻時刻などの客観的な証拠によって認定することができます。そうした会社で働いている労働者は、労働時間の立証責任があるとしても、時間外勤務手当等を請求するにあたり、それほど大きな負担が生じるわけではありません。
問題は、
①労働時間管理(始業・終業時刻の管理)が行われていない会社や、
②タイムカードを打刻させた後に働くことを指示するなど、積極的に偽装工作を行っている会社
です。こうした会社に対して残業代を請求するにあたり、労働時間をどのような方法で立証するのかは、労働者側で労働事件に取り組む弁護士の頭痛の種になっています。
近時公刊された判例集に、①の類型で、特徴的な終業時刻の認定を行った裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.6.23労働判例ジャーナル139-18 PEEES事件です。
2.PEEES事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
本件で被告になったのは、電話機、複写機、ファクシミリ、パソコン、その他オフィスオートメーション機器・情報通信機器の開発・販売・設置・保守等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、テレアポ業務に従事していた方です。
本件では実労働時間が争点となり、原告はF支店での勤務日の終業時刻を、次のとおり主張しました。
(原告の主張)
「原告を含む被告社員らは、午後7時又は午後8時までテレアポをし、同時刻から掃除と終礼をしており、これらに要する時間は控えめに計算しても10分はあった。」
「原告の記憶では午後7時までテレアポをした日が約3分の1、午後8時までテレアポをした日が約3分の2であった。」
「したがって、個別の書証(別紙2-1『原告 時間シート』の『備考』欄に書証番号を掲記)により午後7時50分以降の労働を個別に立証できる日及び午後7時50分より前に終業していることが明らかな日はその時刻を終業時刻とし、それ以外の日は平均的な終業時刻である午後7時50分を終業時刻とすべきである。」
被告はこれを争い、終業時刻は午後7時だと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、各日の終業時刻を平均時刻として割増賃金を計算しました。
(裁判所の判断)
「被告においては、毎日午前8時30分から全員参加の朝礼が行われており、その時間は10分から15分程度であった。原告を含む被告社員らは、朝礼の終了後、テレアポ業務の始まる午前9時までの間、喫煙したり、トイレに行ったりするなどして自由に過ごしていた。」
「被告においては、テレアポ業務終了後に全員参加の掃除及び終礼が行われており、その時間は少なくとも10分程度であった。テレアポ業務が終了するのは、D本社においては午後8時であり、F支店においては、決算月や売上が目標を達成していないときなどは午後8時、月初や決算月の翌月、売上が目標を達成しているときなどは午後7時であった。」
(中略)
「被告F支店においては、テレアポ業務が終了するのが午後7時の場合と午後8時の場合とがあったことが認められる。そして、原告は、その日数の割合につき、前者が3分の1程度、後者が3分の2程度であった旨を陳述及び供述し・・・、証人Kもこれに沿う供述をするところ・・・、このことは、LINE記録・・・によっておおむね裏付けられている。」
「そうすると、原告がF支店に勤務していた期間におけるテレアポ業務の終了時刻は、平日の総日数のうち、その3分の1が午後7時、その3分の2が午後8時であったと認めるのが相当であり、テレアポ業務の終了後に終礼と掃除が行われていたことはD本社の場合と同様であるから、原告の終業時刻は、これらに10分を加算した午後7時10分又は午後8時10分であったと認めるのが相当である。」
「もっとも、終業時刻が午後7時10分の日と午後8時10分の日を具体的に特定して認定することはできないから、原告の割増賃金を計算するに当たっては、計算の便宜を考慮し、平日の全日について、その平均時刻である午後7時50分を終業時刻とするのが相当である。」
3.各日の終業時刻が具体的に認定できなくてもよい
冒頭で述べたとおり、労働時間を認定するにあたっては、日ごとに、始業時刻、終業時刻を特定して主張、立証するのが原則です。
しかし、本件の裁判所は、日ごとの終業時刻を具体的に特定して認定することができないとしつつ、供述等に基づいて終業時刻のパターンや割合を認定し、各日の終業時刻を平均時刻として割増賃金を計算しました。
本件は「日ごとの(始業時刻・終業時刻の)特定」というルールを緩和した例として、実務上参考になります。