弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

メールによる労働時間立証の落とし穴-そのメール、社内から出したもの?

1.労働時間立証の証拠としてのメール

 時間外勤務手当等を請求するためには、労働者の側で何時から何時まで働いていたのかを主張、立証する必要があります。

 そして、タイムカードによって労働時間が管理されていない場合、あるいは、打刻してから働いていたなどタイムカードが労働実体を反映していない場合、送信メールの送信時刻によって労働時間の立証を試みることがあります。遅くともこのメールを送信した時刻には業務を開始していた/少なくともこのメールを送信した時点までは業務に従事していたといったようにです。

 しかし、メールによる労働時間立証は、必ずしも奏功するわけではありません。失敗する場合の典型が、社外からもメールを送信していた場合です。この場合、裁判所は、メールの送信時刻に基づいて始業時刻、終業時刻を認定することに対し、慎重な姿勢をとることがあります。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令4.12.12労働判例ジャーナル135-68 アムジェン事件もメールによる労働時間立証が失敗した事件の一つです。

2.アムジェン事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、医薬品、医薬部外品並びに医療機器の研究、製造、販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の労働者であった方です。退職したうえ、時間外勤務手当等の支払いを請求したのが本件です。

 本件の原告は、タイムシートや出勤簿に記録された時刻が正確に記録されていないと主張し、メールを利用した労働時間立証を試みました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、メールの送信時刻による立証を認めませんでいした。

(裁判所の判断)

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、別紙5の時間シートの『年月日』欄記載の各日において、『始業時刻』欄記載の時刻から『終業時刻』欄記載の時刻まで、『休憩時間』欄記載の時間を除き、就労したことが認められる。」

「これに対し、原告は、被告の利用するウェブメールサービスを通じて送信した電子メール・・・に基づき、別紙8の『年月日(令和元年)』欄記載の各日については、『電子メール』欄の『終業時刻』欄記載の各時刻まで就労した旨、令和元年11月2日については午前9時2分から就労した旨主張する(令和3年4月1日付け第2準備書面及び同日付け第2準備書面訂正申立書参照)。」

「そこで検討すると、別紙8の『認定事実』欄記載の各事実のとおり、これらの電子メールによれば、原告が始業時刻又は終業時刻として主張する前記各日の各時刻に被告の利用するウェブメールサービスを通じて電子メールを送信したこと、これらの電子メールの中には添付ファイルと共に送信されたものもあったことが認められる。」

「しかし、証拠(証人C)及び弁論の全趣旨によれば、被告の従業員は、携帯電話やパーソナルコンピュータを使用して、添付ファイルの付されたものも含め、被告の営業所の外から被告の利用するウェブメールサービスを通じて電子メールを送信することが可能であったことが認められる。そうすると、前記のとおり原告が被告の利用するウェブメールサービスを通じて電子メールを送信したからといって、原告が当該送信時刻に被告の営業所内にいたとは認められず、原告が当該送信時刻以降又は以前に就労していたとは直ちには認められない。

「したがって、原告の前記主張は採用することができない。」

3.「社内から出した」メールだから意味がある

 上述のとおり、裁判所は、営業所内にいたとは限らないとして、メールによる労働時間立証を認めませんでした。

 法律相談をしていると、メールがあれば労働時間立証が認められるはずだと思われている方を目にすることがあります。しかし、労働時間立証のハードルは、それだけで乗り越えられるほど低くはありません。裁判所はメールを「機械的正確性はあるが業務関連性が明白でない証拠」として位置付けています(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。携帯のGPS記録で営業所から送信していることが裏付けられるなど、あと一押しの補強が必要になります。

 退職した後、残業代請求を視野に入れている方は、メールだけ保存していても肩透かしを食らってしまう可能性があります。メールの送信記録から残業代を請求するためには、当該メールが営業所の中から発出されたメールなければなりません。そうした観点から、証拠(GPS記録など)を修習、確保しておく必要があります。