弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

従業員が入力していた勤務簿(エクセルデータ)での労働時間立証が認められた例

1.業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠

 労働時間の立証手段となる証拠には、

機械的正確性があり、成立に使用者が関与していて業務関連性も明白な証拠

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠、

機械的正確性はあるが業務関連性が明白でない証拠、

機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠、

の四類型があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 使用者の指示のもと、従業員が始業時刻、終業時刻を自己申告的に記入していた勤務簿は、

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠

に分類されます。

 こうした証拠に関しては、

「内容に機械的な正確さがないことから、信用性の吟味が必要となり、事案における具体的な事情により証拠価値が異なってくる」(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅰ』171頁参照)。

と理解されています。

 要するに、会社側の資料である以上、当然に立証が認められるというほど甘いものではないのですが、近時公刊された判例集に、従業員が入力していた勤務簿(エクセルデータ)による労働時間立証が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令4.12.13労働判例ジャーナル134-28 クロスゲート事件です。

2.クロスゲート事件

 本件で被告になったのは、国内外への化粧品の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、退職した被告の元労働者です。在職中の未払時間外勤務手当等の支払いを求めて被告を提訴したのが本件です。

 本件の原告は、自分で各日の出退勤時刻等を入力した勤務簿(エクセルデータ)に基づいて労働時間の主張立証を試みました。

 これに対し、被告は、

「原告が証拠として提出する出勤簿・・・は、原告自身が入力したものであり、労働時間の信憑性がない。」

と反論しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、出勤簿による立証を認めました。

(裁判所の判断)

証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告においては、従業員の労働時間をタイムカード等により機械的に記録しておらず、その把握は、従業員が所定の勤務簿(MicrosoftExcelのデータ)に各日の出退勤時刻等を入力して提出する方法によりなされていたことが認められ、被告が原告の提出した出勤簿・・・に記載された勤務時間について疑義を述べた形跡も見当たらないことに照らすと、別段の反証のない限り、原告の始業時刻及び終業時刻は当該出勤簿・・・により認定するのが相当であり、被告からかかる反証はなされていない。

「そして、前提事実・・・のとおり、本件労働契約においては各日の休憩時間が1時間と定められているから、別段の主張立証のない限り、各日について1時間の休憩がとられていたものと認めるのが相当であり、原告からかかる主張立証はなされていない。」

「以上によれば、原告は、令和2年1月6日から5月20日までの間、別紙3の1『裁判所 時間シート』のとおり労務を提供したものと認められる(令和元年10月15日〔勤務開始日〕から12月30日まで原告の実労働時間〔1日8時間又は1週間40時間を超えて労務を提供したこと〕を認めるに足りる証拠はなく、また、原告が令和2年1月4日、同月26日及び同年2月16日に労務を提供した事実を認めるに足りる証拠はない。)。」

3.勤務期間中に疑義を呈されていない出勤簿は有力な資料になる

 本件は機械的正確性はないといっても、出勤簿という勤怠管理のための記録であったことが効いたのではないかと思います。勤務期間中に疑義が述べられていない場合、自己申告のものであったとしても、出勤簿は労働時間立証のための有力な資料になります。

 機械的に計測したくないのか、随所で問題になっていても、タイムカードでの勤怠管理を行わない会社は少なくありません。本裁判例は、タイムカードのない会社に対して残業代請求をして行くにあたり参考になります。