弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者が10分単位又は15分単位で入力していた機械的正確性のない出勤簿に基づいて労働時間が認定された例

1.業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠

 残業代を請求するにあたり、労働時間の立証手段となる証拠には、

機械的正確性があり、成立に使用者が関与していて業務関連性も明白な証拠

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠、

機械的正確性はあるが業務関連性が明白でない証拠、

機械的正確性がなく、業務関連性も明白でない証拠、

の四類型があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 使用者の指示のもと、従業員が始業時刻、終業時刻を自己申告的に記入していた勤務簿は、

成立に使用者が関与していて業務関連性は明白であるが、機械的正確性のない証拠

に分類されます。

 こうした証拠に関しては、

「内容に機械的な正確さがないことから、信用性の吟味が必要となり、事案における具体的な事情により証拠価値が異なってくる」(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅰ』171頁参照)。

と理解されています。

 このような議論状況のもと、近時公刊された判例集に、労働者が10分単位又は15分単位で入力していた機械的正確性のない出勤簿に基づいて実労働時間が認定された裁判例が掲載されていました。東京地判令5.7.18労働判例ジャーナル144-44 空色スペース事件です。

2.空色スペース事件

 本件は控訴人(一審被告)との間で雇用契約を締結し、その後業務委託契約を締結した被控訴人(一審原告)が時間外勤務手当等を請求した事件です。原審簡裁が一審原告の請求を一部認容したことを受け、一審被告が控訴したのが本件です。

 一審被告は居宅介護支援事業を目的とする合同会社です。

 一審原告は、一審被告でケアマネージャーの仕事に従事していた方です。

 一審原告は時間外勤務手当等を請求するにあたり、出勤簿に基づいて実労働時間を主張しました。この出勤簿は、一審原告自ら出社時間と退社時間を記入したもので、15分単位又は10分単位でパソコンでの記入が行われていました。

 要するに、自己申告制であるうえ、体裁上、機械的な正確性がなかったわけですが、裁判所は、次のとおり述べて、本件出勤簿に基づいて実労働時間を認定しました。

(裁判所の判断)

証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、タイムカード等の客観的な記録による労働時間管理を行っておらず、被控訴人に対し、出勤簿の書式を用意して記入するよう指示し、これにより労働時間を把握することとし、被控訴人は、上記指示に従って、上記書式に『出社時間』及び『退社時間』をパソコンで記入していたものと認められるところ(以下、上記の手順で作成された出勤簿を『本件出勤簿』という。)、控訴人は、本件出勤簿の内容を確認の上、不正確な記載があれば被控訴人に対して訂正を命ずるなどの対応をとることができたにもかかわらず、当時、上記対応をとっていなかったことを踏まえると、本件出勤簿の記載に反する客観的な証拠があるなどの事情のない限り、本件出勤簿記載のとおりの始業時刻及び終業時刻を認めるのが相当である。

本件出勤簿の『出社時間』及び『退社時間』は15分単位又は10分単位で入力されており、1分単位では記入されていなかったところ、4月11日の本件出勤簿記載の終業時刻(午後6時30分)についてみると、被控訴人は、控訴人に対し、午後6時23分に『終了します』とメッセージを送信しており、これに対する控訴人の異議等の返信はなかったこと・・・、控訴人において、同時刻から午後6時30分まで業務に従事したことに関する具体的な主張立証はないことからすると、被控訴人は、午後6時23分に労働から解放されたものと認めるのが相当である。そうすると、同日の終業時刻は上記時刻となる。

「控訴人は、〔1〕5月14日及び同月28日の休日出勤については、出勤の事実がないか、必要性のない出勤である旨、〔2〕被控訴人に対して、およそ時間外労働を指示した事実はない旨主張する。」

「しかしながら、被控訴人が業務上の必要性がないのに出勤又は残業をする理由はないし、控訴人は、本件出勤簿の内容を確認の上、不正確な記載があれば被控訴人に対して訂正を命ずるなどの対応をとることができたにもかかわらず、上記対応をとっていなかったのであるから、控訴人の前記主張はいずれも採用することができない。」

「そして、他に被控訴人の始業時刻及び終業時刻につき、本件出勤簿の記載に反する客観的な証拠があるなどの事情はうかがわれない。」

「以上を前提にすると、被控訴人の4月から6月までの労働時間は、別紙2-1(裁判所時間シート)のとおり認定できる。」

3.盛られた日があっても、訂正が命じられていなければ証拠価値は失われない

 自作の勤務簿に基づく労働時間立証が認められた事例は、本件に限ったことではありません。

従業員が入力していた勤務簿(エクセルデータ)での労働時間立証が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 本件の特徴は、15分単位又は10分単位という体裁上明らかに厳密性がない出勤簿について、盛られた日の存在が明らかにされても、

「控訴人は、本件出勤簿の内容を確認の上、不正確な記載があれば被控訴人に対して訂正を命ずるなどの対応をとることができたにもかかわらず、当時、上記対応をとっていなかった」

として、証拠としての全体的な信用性が維持されたことにあります。

 上述のようなロジックを用いた労働時間の認定方法は、自己申告制で労働時間が記録されている会社に対して残業代を請求するにあたり広く活用できる可能性があります。特に、自己申告制で記録された労働時間に一部不正確な点があることが明らかにされた場合に、先例としての意義を発揮してくる可能性があり、実務上参考になります。