弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

シフトに入らなくなったことを理由に合意退職扱いすることが許されるか?

1.シフト制労働者

 シフト制とは、

「労働契約の締結時点では労働日や労働時間を確定的に定めず、一定期間(1週間、1か月など)ごとに作成される勤務シフトなどで、初めて具体的な労働日や労働時間が確定するような勤務形態」

をいいます。

いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項

 シフト制の労働者の労働日や労働時間は、

使用者に対して勤務希望日・勤務希望時間を提出する、

使用者から具体的な勤務日・勤務時間の割当てを受ける、

という形で確定されるのが一般です。

 それでは、何等かの理由によりシフト希望を提出しなくなった労働者に対し、使用者の側で合意退職が成立したものと取り扱ってしまうことは許されるのでしょうか?

 シフト希望を提出しないというのは、就労意思がないことの現れと言えなくもありません。これを退職の申込みと捉えたうえ、使用者で退職を承諾し、合意退職を成立させることができないのかという問題です。

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京高判令4.7.7労働判例1276-21 リバーサイド事件です。

2.リバーサイド事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、飲食店、コンビニエンスストア、スーパーマーケット等の経営を目的とする特例有限会社です。

 原告(控訴人)になったのは、平成20年8月ころ被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、シフト制のもと、被告の経営する寿司店(本件寿司店)で働いていた方です。

 原告の方は、平成30年12月頃までは遅番を中心に週6日程度勤務していましたが、平成30年1月以降、勤務希望日を激減させ、同年3月13日以降はシフトを提出せず、出勤しなくなりました。

 その後、被告は会計事務所からの助言を受け、平成31年4月下旬ころ、原告に対し、社会保険及び雇用保険の資格喪失の手続を開始を通告し、実際に社会保険の資格喪失の手続を行いました。

 これに対し、退職の意思表示をしていないにもかかわらず合意退職扱いして労務の受領を拒絶しているのは違法だと主張して、原告は被告を相手取って地位確認等を求める訴えを提起しました。

 一審は地位確認請求を認めましたが、未払賃金請求は棄却しました。これを受けて、原告側が控訴したのが本件です(原告側の控訴を受けて、本件は被告側でも附帯控訴されています)。

 本件控訴審裁判所は、次のとおり述べて、地位確認請求を認めた一審判断を維持しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・によれば、控訴人は、平成20年8月頃、被控訴人との間で本件雇用契約を締結し、時給制のアルバイト従業員として稼働するようになり、平成30年12月頃までは、遅番を中心に週6日程度勤務していたこと、ところが、平成31年1月以降、勤務希望日が激減し、同年3月13日以降のシフトを提出せず、同日以降出勤しなくなったこと、このため被控訴人は同月14日の店長会議で従業員の採用活動をすることを決定したほか、同月末頃、控訴人の社会保険及び雇用保険の資格喪失の手続をしたことが認められるところ、控訴人とB店長との間で控訴人の進退に関するやり取りがあり、被控訴人は控訴人が任意に退職するものと考え、従業員の新規採用や控訴人の社会保険及び雇用保険の資格喪失の手続に着手したものと推認することはできる。」

「しかしながら、控訴人による退職の意思表示については何ら書面が作成されていないところ、被控訴人による控訴人の退職の意思の確認も明確には行われておらず、被控訴人の上記主張によっても、控訴人の退職時期が判然としない上、控訴人は最終出勤日の勤務以降も本件寿司店の店舗の鍵を所持し、同店舗に私物を置いたままにしていたこと・・・、同年4月10日にB店長と電話をした際や令和元年5月7日にB店長に送信したLINEのメッセージにおいて、退職の意思表示をしたことを強く否定し、一時休職するものの復職の意思がある旨述べていたこと・・・からすれば、控訴人の最終出勤日の勤務前後の言動から、控訴人が被控訴人に対して確定的な退職の意思表示をしたと認めることは困難である。また、上記事情に照らすと、控訴人から被控訴人に対して黙示の退職の意思表示があったと認めることもできない。

「これに対し、被控訴人は、控訴人は、最終出勤日の勤務後、後日、所持していた本件寿司店の店舗の鍵を使用して、私物整理のため来店する予定であり、被控訴人も同年4月半ば頃に控訴人が来店して私物整理及び上記鍵の返還を行うものと考えていたが、その後紛争状態となったため、放置されているにすぎない旨主張するが、控訴人がB店長らに対し、上記予定を述べていたと認めるに足りる証拠はなく、むしろ控訴人が最終出勤日の勤務以降も本件寿司店の店舗の鍵を所持し、同店舗に私物を置いたままにしていたことは、控訴人が復職する意思を有していたことを裏付ける事情といえる。」

「被控訴人の主張のうち、その余の主張については、その指摘を踏まえても、上記の認定判断に影響を及ぼすものではない。」

「以上によれば、被控訴人の上記主張は採用することができず、控訴人が被控訴人を合意退職したとは認められない。」

3.退職意思を強く否定しておけば合意退職扱いは避けられる

 上述のとおり、裁判所は、被告側(被控訴人側)による合意退職扱いを否定しました。

 解雇される可能性や、地位確認が認められたとして賃金請求が可能か、可能だとしてどの範囲で認められるのかは措くとして、合意退職扱いされそうになった時に強く異議を述べていれば、労働契約を一方的に解消されることは回避できそうです。