弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

他社就労して解雇前と同水準以上の給与を得ても就労意思(労務提供の意思)が否定されなかった例

1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)

 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。

 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。

 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。

 しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、そのようには理解されていません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。つまり、何等かの理由によって、違法無効な解雇とは無関係に労務の提供をしなくなった場合、バックペイの請求は棄却されることになります。

 この違法無効な解雇とは無関係に労務の提供をしなくなったといえる場合の一つに、他社就労した場合が挙げられます。

 もちろん、解雇の効力を争って裁判をしている時に、生計を立てるため、やむなく行う他社就労の全てが、労務提供意思の喪失と認定されるわけではありません。例えば、アルバイトや非正規の仕事についたにすぎない場合には、通常、労務提供意思の喪失を認定されることはありません。しかし、解雇前と同水準の賃金額での正規雇用についたりすると、その時点から労務提供意思の喪失を認定されることがあります。

他社就労しながら解雇の効力を争う場合の留意点-黙示の合意退職を認定されないためには - 弁護士 師子角允彬のブログ

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、解雇前と同水準以上の給与を得ていても、労務提供の意思の喪失は認められないと判示した裁判例が掲載されていました。東京高判令2.1.30労働判例1239-77 新日本建設運輸事件です。この裁判例は、以前本ブログで紹介した地裁判決の控訴審事件です。

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2.新日本建設運輸事件

 この事件で被告(控訴人兼附帯被控訴人)になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告(被控訴人兼附帯控訴人)になったのは、被告でトラック運転手として働いていた人達です。賃上げ等の労働条件の改善をめぐって会社と話し合いをしていたところ、会社側から解雇通知を受け取るのか、これまでの問題行動を謝罪して交渉を白紙化するのかの選択を迫られ、解雇されてしまいました。これを受け、地位の確認やバックペイの支払い等を求めて被告会社を提訴しました。

 本件は解雇の効力のほか、原告が解雇前と同水準以上の給与を得ていたことが、就労意思を喪失した徴表といえるのではないのかが争われました。

 一審裁判所も二審裁判所も解雇の効力は否定しましたが、一審裁判所は、次のとおり述べて、就労意思(労務提供の意思)の喪失を認定しました。

(一審裁判所の判断)

原告らは、上記・・・のとおり、本件各解雇からほとんど間を置かずに、同業他社に就職するなどしてトラック運転手として稼働することにより、月によって変動はあるものの、概ね本件各解雇前に被告において得ていた賃金と同水準ないしより高い水準の賃金を得ていたものである・・・。これらの事情に加え、上記・・・のとおりの本件各解雇に至る経緯を考慮すると、原告X1については、遅くとも有限会社Nに再就職した後約半年が経過し、本件各解雇から1年半弱が経過した平成29年11月21日の時点で、原告X2及び原告X3については、遅くとも本件各解雇がされ再就職した後約1年が経過した同年6月21日の時点で、いずれも客観的にみて被告における就労意思を喪失するとともに、被告との間で原告らが被告を退職することについて黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。

 しかし、二審裁判所は、次のとおり述べて、就労意思(労務提供の意思)の喪失は認められないと判示しました。

(二審裁判所の判断)

「被控訴人は、本件解雇後、代理人弁護士に相談した上、離職の2日後には、本件解雇が無効である旨通知し、控訴人との間で労働契約上の権利を有する地位にあることを明示し、平成28年6月分以降の賃金の支払を求めている・・・から、同通知が復職を求めるものであることは明らかであり、これに対し、控訴人は回答書・・・において被控訴人が従業員の地位にないとして争っていて、被控訴人が勤務継続を要求しても控訴人がこれに応じないことも明らかであったから、被控訴人が上記通知に加えさらに勤務継続を明示に要求しなかったとしても、そのことから被控訴人の離職時に就労意思がなかったということはできない。また、解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の給与を得た事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと認めることはできない。被控訴人による上記のLINEのメッセージ(「会社が潰れない事祈ってます」とのLINEのメッセージ 括弧内筆者)は控訴人主張の趣旨とは解されず、これをもって就労の意思を喪失したと認めることはできない。」

「なお、被控訴人は、平成28年7月からB、平成29年6月からC、平成31年2月から現在までDにおいて稼働し、それぞれ転職を繰り返しており、各再就職先において、完全にその職務に専念し、控訴人における就労意思を喪失したと認めるに足りる証拠はない。

「以上のとおり、控訴人の主張事実は、被控訴人が離職時又はその後、就労の意思を喪失し、又は黙示の退職の合意が成立したと推認するに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」

3.賃金給与が同水準以上でも必ずしも就労意思(労務提供の意思)は否定されない

 賃金給与が解雇前と同水準以上だと、就労意思の喪失を認定されるリスクがあることは否定できません。しかし、だからといって、賃金給与が解雇前と同水準であれば直ちに就労意思が否定されるというものでもありません。本件のように、勤務先を定期的に変えていて、恒久的に他社で働くような形になっていない場合には、就労意思の喪失は認定されにくいのだと思われます。

 生活水準は解雇前の賃金額を基準に設定されていることが多いため、解雇の効力を争いながら当面の仕事を確保するにしても、労働者ができるだけ解雇前に近い水準の賃金を希望することは自然なことです。本裁判例は、他社就労しながら働く労働者に有利な先例として、参考になります。