弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

地位確認請求事件における就労意思の認定と転居を伴う他社就労

1.他社就労の問題

 解雇無効を理由とした地位確認請求訴訟は、審理期間が1年以上に及ぶことも珍しくありません。裁判所の判断が出るまでの間、労働者は、預貯金を切り崩したり、雇用保険の仮給付を受けたりしながら当面の生活費を確保することになります。

 しかし、預貯金は取り崩せばなくなってしまいますし、雇用保険の受給にも限度があります。そこで他社で働いて生活費を確保することの可否が問題になります。

 他社就労が問題になるのは、就労意思を否定される可能性があるからです。

 地位確認を認容する判決が確定した場合、労働者は解雇されてから判決が確定するまでに生じた賃金を遡及的に支払うよう、勤務先に請求することができます。

 ただ、これは、就労する意思と能力があり、労務を提供したにもかかわらず、勤務先の側で労務の提供の受領を拒絶したことになるからです(民法536条2項参照)。一定の時点で就労意思を喪失していたことが認定された場合、仮に解雇が違法・無効だと認定されたとしても、就労意思の喪失時以降の賃金を支払ってもらうことはできません。単純に他社就労するだけで就労意思が否定されることはありませんが、他社での労働条件の方が旧勤務先の労働条件よりも良いなど、旧勤務先に戻る意思がないことを伺わせる事情が認められる場合、就労意思は否定されることがあります。

 この就労意思の認定と転居との関係について、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋高判令元.10.25労働判例1222-71「みんなで伊勢を良くして本気で日本と世界を変える人達が集まる事件」です。

2.みんなで伊勢を良くして本気で日本と世界を変える人達が集まる事件

 本件は原告2名(被控訴人)が被告会社(控訴人会社)に提起した地位確認等を請求する事件です。原告ら(被控訴人ら)が他社就労をしていたため、就労意思が既に失われてしまっているのではないかが争点の一つになりました。

 本件の特徴は、他社就労に転居が伴っていたことです。

 一般論として、就労意思の認定にあたり、転居の事実が労働者側に有利に作用することはないと思います。被告会社・被控訴人会社で稼働していた時の生活実体を崩すという意味合いを持っているからです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、転居の事実は就労意思の認定の妨げにはならないと判示しました。

(裁判所の判断)

「控訴人らの賃金請求について、被控訴人らは、解雇された後、それぞれ新たに就労等することで収入を得ているが、その収入は控訴人における賃金額に及ばず、新たな就労等の形態も、控訴人との間の労働契約上の地位が確認された場合には離職等して本件テーマパークでの就労に復帰することが可能なものと認められる・・・から、被控訴人らは、上記就労等にかかわらず、現在に至るまで、解雇が無効とされた場合には控訴人において就労する意思と能力を保持し続けていると認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。被控訴人らが、現在、本件テーマパークで就労していた当時の住居から転居しているとしても、上記新たな就労等の都合上のものと認められるから、上記転居は、被控訴人らに上記就労の意思と能力が欠けることを示すものとはいえない。

「したがって、被控訴人らは無効である解雇の意思表示があった後の期間中の賃金請求権を失うことはない。」

3.当面の就労先が遠方である場合に参考になる

 新型コロナウイルスの影響で解雇事案に関する相談は増加傾向にあるように思われます。しかし、コロナ禍のもと人件費削減の必要性を感じている企業は少なくなく、係争中に近場で急場をしのぐための就労先を見つけようとしても、なかなかそれができない現実があります。

 本件の裁判所は「新たな就労等の都合上」の転居であれば、転居や就業意思・能力の欠如を示すことにはならないと判示しました。これは、

「遠方でなら仕事がみつかったけれど、他社就労してもいいのか?」

という労働者からの相談に回答するにあたり、判断の拠り所になる有益な裁判例だと思われます。