弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

他社就労しながら解雇の効力を争う場合の留意点-黙示の合意退職を認定されないためには

1.地位確認訴訟係属中の他社就労

 裁判には、どうしても、一定の時間がかかります。それは解雇の効力を争って地位確認訴訟を提起する場合も同じで、訴訟提起から一審判決の言い渡しまでには、1年以上かかることも珍しくありません。

 例え解雇が違法・無効なものであったとしても、裁判所で地位が確認されるまでの間、賃金が支払われることはありません。その間、労働者は、貯金を切り崩したり、雇用保険の仮給付を受給したりしながら、生計を確保することになります。

 しかし、みんながみんな十分な貯蓄を持っているわけではありません。また、雇用保険からは必ずしも十分な金額が支払われるとは限りませんし、受給期間には一定の限界もあります。

 そこで他社就労することの可否が問題になります。

 単に他社就労をしたとしても、元々の賃金の4割の限度での中間収入控除がなされるだけであり、それ以上の問題になることはありません。しかし、他社就労で職場復帰の意思が失われたと認められる場合には、解雇無効の判断がなされたとしても、就労意思の喪失時以降の賃金請求権は発生しない扱いになります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕246-249頁参照)。

 そのため、他社就労するものの、職場復帰の意思がある場合には、職場復帰がないと誤解されないための注意が必要になります。

 それでは、どういった点に注意すれば、職場復帰の意思がないと誤解されることを防げるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した東京地判令元.10.23労働経済判例速報2416-30有限会社スイス事件です。

2.有限会社スイス事件

 本件で被告になったのは、洋食喫茶等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、被告で勤務していた従業員の方です。被告から普通解雇を言い渡された後、解雇無効を理由に地位確認等を求めて訴訟提起したのが本件です。

 本件では原告の他社就労をどのように評価するのかが争点の一つになり、被告は、

「仮に本件解雇が無効であるとしても、原告は平成31年2月1日から他社に再就職し、月額28万円の給与を得ていることからすると、同時点において、被告において就労を継続する意思はなかったというべきである。」

と主張しました。

 これに対し、裁判所は、解雇を無効とはしたものの、次のとおり判示し、他社就労による就労意思の喪失を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件解雇から1年2か月余りが経過した平成31年2月1日、株式会社Hに、基本給月額28万円、食事手当月額8000円等との条件で再就職し、同日以降、同社において就労し、本件解雇前に被告において得ていた賃金とほぼ同水準の賃金を得るようになり、同年6月からは、役職を付されたことが認められる。

「これらの事情に加え、本件解雇に至る経緯等を考慮すると、原告については、株式会社Hに再就職した同年2月1日の時点で、被告における就労意思を喪失するとともに、被告との間で原告が被告を退職することについて黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。」

3.労働条件が同水準の他社就労になると黄信号

 解雇前の生活水準を維持しようと思えば、従前と似たような賃金が得られるよう他社で就労するのは仕方のないことであり、賃金水準が同等であることから就労意思の喪失を認定することには異論の余地もあると思います。

 しかし、労働条件・賃金水準が同程度になると、本裁判例のように、就労意思の継続が認められない危険が生じることになります。

 解雇無効の判断後の復職を確実なものとしながら他社就労する場合、係争中の勤務先での労働条件よりも、多少低めのところを狙っておいた方が無難だと思われます。