1.兼業・副業の禁止
厚生労働省では「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日 働き方改革実現会議決定) を踏まえ、副業・兼業の普及促進を図っています。
しかし、兼業や副業に対して消極的な姿勢をとる会社は、依然として少なくありません。こうした会社では、就業規則上、無許可での兼業・副業が解雇事由として明記されていることがあります。
それでは、地位確認を求めて係争中の労働者が他社就労した場合、こうした規定に基づいて会社が労働者に対して改めて解雇の意思表示を行うことは認められるのでしょうか?
直観的に分かると思いますが、こうした解雇が認められることは、あまりありません。就労を拒否された労働者が生活のために当座の仕事を見つけることは非難されるべきではありません。そのため、状況によって就労の意思が否定されることはあっても、解雇に客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められる余地は殆どありません。
近時公刊された判例集にも、就労を拒否された労働者による他社就労を理由とした解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、京都地判令3.8.6労働判例1252-33 丙川商店事件です。
2.丙川商店事件
本件で被告になったのは、鮮魚等の卸売業を展開する有限会社です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告店舗において勤務していた方2名(原告甲野、原告乙山)です。適応障害を発症し、休職していたところ、休職期間の満了による退職扱いを受けたため、その無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の原告らは、係争中、生活を維持するため、他社での就労を開始しました。被告会社は、これが就業規則に規定されている解雇事由に該当するとして、予備的に解雇の意思表示を行いました。そのため、本件では、本件では係争中に他社就労したことを理由とする解雇の可否が争点になりました。
裁判所は、次のとおり述べて、他社就労を理由とする解雇の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
・原告甲野について
「原告甲野は、適応障害を発症し、平成29年11月2日から休職していたこと、主治医から平成31年1月1日からの職場復帰が可能である旨の診断書が得られたため、事前に組合を通じて、同月16日から職場復帰する旨を伝えた上で、同日、被告に出社したが、その後、同月17日頃から、J株式会社にて就労を開始したことが認められる。」
「そうすると、原告甲野は、被告から就労を拒否される中、生活のために他社に就職したものと認められ、また、後記・・・で判示するとおり、被告の就労拒否は理由がないものである。」
「以上によれば、原告甲野が被告の承認なく他社に就労したことは本件就業規則上の解雇事由には該当するものの、本件の具体的事情の下でこれを理由に解雇することは著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用として無効である。」
・原告乙山について
「被告乙山は、原告甲野から同人所有の空き家(一軒家)を借り、休職に入るより前の平成29年8月頃から本件簡易宿所を開設して、民泊事業を行っていることが認められる。」
「しかしながら一方で、原告乙山本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告乙山は本件就業規則で禁止されているとの認識のないまま上記事業を開設しており、休職に入る前も被告での勤務時間外を利用して業務をこなしており、実際に被告での勤務に具体的な支障を及ぼしたことを認めるに足りる根拠はない。」
「また、原告乙山は、適応障害を発症し、平成29年9月28日から休職していたこと、主治医から平成31年1月1日からの職場復帰が可能である旨の診断書が得られたため、事前に組合を通じて、同月16日から被告に職場復帰することを伝えた上で、同日、被告に出社したが、被告から就労を拒否されたこと、同年2月移行、K株式会社、L株式会社、株式会社M、株式会社Nにて順次就労していたことが認められる。」
「しかし、これらの就労については、原告乙山が、被告から就労を拒否される中、生活の維持のためであったものと認められ、また、後記・・・で判示するとおり、被告の就労拒否には理由がないものである。」
「以上によれば、原告乙山が被告の承認なく民泊営業を開始したり、他社に就労したりすることは本件就業規則上の解雇事由には該当するものの、本件の具体的事情の下でこれを理由に解雇することは著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用として無効である。」
「以上によれば、被告による本件各解雇は、いずれも無効である。」
3.生活の維持のために働いたからといって解雇されることは考えられにくい
解雇事件の依頼を受ける時、他社で就労しても大丈夫なのかと気にする方は珍しくありません。従来より賃金の高い会社で正社員として稼働した場合に就労意思が問題になることはあっても、無許可兼業を理由として行われる予備的な解雇の意思表示が有効とされることは考えられにくいように思います。
近時では、こうした予備的な解雇の意思表示を行う会社自体少なくなっていますが、本件は解雇されても大した問題ではないことを示す説明用の最新裁判例として活用することが考えられます。