弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

病気で解雇された方が退職の効力を争う場合の留意点-労務提供の可能性の検討と労務提供の意思表示を忘れずに

1.バックペイに係る請求が認められる根拠

 裁判で解雇の違法・無効が認められた場合、労働者は、解雇されてから復職するまでの間、支給されていなかった賃金の支払を請求することができます。俗に「バックペイ」と呼ばれる請求です。

 しかし、バックペイが認められるのは、

「債権者(使用者 括弧内筆者)の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなった」(民法536条2項)

といえる関係があるからです。

 つまり、解雇されたとしても、使用者側の違法解雇とは無関係な理由により、労働契約上の債務の本旨に従った労務提供ができない場合、

「(使用者の)責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなった」

という関係が成り立たなくなるため、バックペイの請求は認められません。

 そのため、病気等を理由に解雇された方が、その効力を争って法的措置をとるにあたっては、

きちんと働ける状態にあるのか、あるいは、ほどなくしてきちんと働くことが可能な状態になるのか

を検討することが重要です。

 また、きちんと働くことが可能な状態になったら、係争中であったとしても、医師の診断書等を添えて、労務提供の意思表示をしておくことが必要です。そうしておかないと、地位確認請求で勝訴しても、バックペイが認められず、経済的な困窮が解消されないという事態になりかねないからです。

 近時公刊された判例集にも、休職が長期間に渡り鬱病等の回復がみられないことなどを理由とした解雇が違法・無効とされながらも、バックペイの請求が棄却された裁判例が掲載されていました。

 松山地判令3.7.15労働判例ジャーナル115-20 せとうち周桑バス事件です。

2.せとうち周桑バス事件

 本件で被告になったのは、乗り合いバス、貸切バスを使用した旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の従業員として、バスの清掃業務や点呼業務を担当していた方です。平成26年2月26日から欠勤するようになり、同年3月1日、被告に対し、抑鬱状態であることを理由に休職願を提出しました。

 その後、被告は、原告の休職が長期に渡り鬱病等の回復がみられないことなどを理由に、平成27年7月26日、原告を解雇しました(本件解雇)。

 これに対し、原告は、鬱病の発症は被告による不適切な取扱いに起因する業務上の疾病であるなどと主張し、地位確認とともに、主位的には安全配慮義務違反を理由とする未払賃金相当額の損害賠償を、予備的には未払賃金を請求する訴えを提起しました。業務上の疾病だから解雇できないというのは、労働基準法19条1項の

使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。」

という規制に基づく主張です。

 この事案において、裁判所は、次のとおり述べて、地位確認請求は認めたものの、未払賃金請求は棄却しました。

(裁判所の判断)

「C医師が原告についてADHDと診断していること、D医師及びE医師が原告のうつ病の業務起因性を否定する旨の判断をしていることを考慮しても、上記・・・の出来事の心理的負荷の強度は『強』であり、平均的労働者に精神障害を発病させる危険性を有する程度に強度なものと認められ、その心理的負荷が業務外の要因と比して相対的に有力な要因となってうつ病を発病させたと認められるから、原告のうつ病は、被告における原告の業務との間に相当因果関係があるといえ、『業務上の疾病』に当たると認められる。」

「したがって、本件解雇は、原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものと認められるから、労働基準法19条1項本文に反し無効である。

(中略)

本件解雇は無効であると認められるものの、前記認定事実のとおり、原告は、平成26年2月下旬頃、うつ病を発症し、被告において就労することができなくなったこと、原告は、同年3月から休職するようになり、それ以降、その状態が続いていることが認められる。そして、前記4において検討したとおり、被告が原告に対してパワハラや実質的な退職勧奨を行ったとは認められず、被告の安全配慮義務違反が認められないことに照らすと、原告が被告において就労できない状態となったことについて、被告の責めに帰すべき事由があると認めることはできない。

したがって、原告の労働契約上の債務の履行不能が被告の責めに帰すべき事由に基づくものとは認められないから、被告が、原告に対し、原告が休職した平成26年2月26日以降の賃金の支払義務を負うとは認められない。

3.裁判をやっている最中に就労可能にはならなかったのだろうか?

 法的措置をとった当時、原告の方は、おそらく就労できる状態ではなかったのだろうと思います。就労可能であれば、解雇無効を勝ち取りさえすれば結果に繋がる未払賃金請求が主位的に掲げられるのが普通だからです。安全配慮義務を理由とする未払賃金相当額の損害賠償という構成を主位的に掲げる構成をとったのは、労務提供の可能性がなく、未払賃金請求を通すのは難しいという判断があったのではないかと推測されます。

 ただ、本件の口頭弁論終結は、令和3年3月25日とされています。本件は労災(休業補償給付)の不支給処分に対する取消訴訟が先行したこともあり、本件解雇(平成27年7月26日)からは大分時間が経っています。この間、ずっと就労不能であったら仕方ありませんが、仮に、どこかの段階で就労可能な程度まで回復していたとすれば、労務提供の意思表示を明確に行うことにより、未払賃金請求の認容に繋げることはできたかも知れません。

 病気の方が退職の効力を争う場合、本件のように、バックペイが認められないことがあるので法的措置をとるにあたっては留意が必要です。また、バックペイの請求棄却を避けるためには、係争中も、就労可能性を常に確認しておく必要があります。