弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

残業代請求でGPS移動記録に基づく労働時間の立証が認められた事例

1.GPSによる労働時間の立証

 残業代を請求する時、スマートフォンを利用したGPS移動記録は、他の証拠と組み合わせて使うことにより、かなりの威力を発揮することがあります。

 例えば、メールの送信時刻を労働時間の立証の柱として使う場合に、GPS移動記録と組み合わせて、社内からメールが送信されていることを裏付けるといった使い方がああります。GPS移動記録があれば「メールは一旦就労を終えた後、モバイルのノートパソコンから単発で送られたものである可能性がある。」との使用者側の主張に対し、効果的に反駁を加えることが可能になります。

 ただ、GPS移動記録は何時から何時までどの辺にいたのかという位置情報を示すものでしかないことから、その時間に指揮命令下に置かれたことが直ちに裏付けられるわけではありません。つまり、使用者側から「社内の端末に残されている最後のメールから時間が経ちすぎている。社内で休憩してから会社を出た、あるいは、会社を出て近くの喫茶店で飲食していただけである可能性が排除できない。」などと言われた場合、GPS移動記録だけでは、立証に今一歩足りないといったことが起こり得ます。

 そのためか、残業代請求訴訟において、GPS移動記録からダイレクトに労働時間を認定した事案があるという話は、あまり聞いたことがありません(労災民訴でGPS移動記録をもとに労働時間を認定した事例に津地裁平29.1.30労働判例1160-72 竹屋ほか事件がありますが、労災事案での労働時間と残業代請求の局面での労働時間との概念が別物であることは昨日の記事でお話ししたとおりです。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/08/02/002932)。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、残業代請求の局面でGPS移動記録に基づく労働時間の立証が認められた事例が掲載されていました。東京地判令元.10.23労働経済判例速報2416-30 有限会社スイス事件です。

2.有限会社スイス事件

 本件で被告になったのは、洋食喫茶等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、被告で勤務していた従業員の方です。被告から普通解雇を言い渡された後、解雇無効を理由とする地位確認や残業代を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 被告では適切な労働時間管理がなされていなかことから、原告はグーグルマップの付属機能であるタイムライン(スマートフォンのGPSを自動で感知し、スマートフォンの移動や滞在の場所と時間を自動で記録する機能)で労働時間の立証を試みました(本件タイムライン)。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、タイムラインに基づいて労働時間の認定を行いました。

(裁判所の判断)

「本件タイムライン記録は、平成30年2月5日から同月16日にかけて、原告のスマートフォンの画面をスクリーンショットしたものである・・・ところ、被告が指摘するとおり、事後に編集可能なものであり・・・、それ自体が完全に客観的な証拠であるとはいえない上、実際の記録についても、自宅から徒歩2分程の距離にある最寄り駅である△△駅までの間の移動記録がなかったり、△△駅から築地店又は銀座店までの間の移動記録が省略されているものが多く、記録されていても、平成29年3月29日に、表参道駅で20分滞在した後、同駅から銀座店まで6分で移動した旨が記録されたりする・・・など、実際の移動状況の全てが余すことなくそのまま正確に記録されているとまではいえないものである。」

「もっとも、本件タイムライン記録に記載された原告の築地店及び銀座店における滞在時間は、以下のとおり、・・・築地店の営業時間及び銀座店における勤務時間や、D氏の証言及び原告の供述に沿うものである。」

「すなわち、①築地店は、3階建てで、店長である原告のほか、料理長及びアルバイト1名の体制で運営され・・・、夜営業のみであった平成28年10月18日までは、営業時間が午後5時から午後10時30分までとされていたところ、築地店は、平成28年1月頃に、人手不足のため一旦閉店したものを、同年10月から、それまでの昼営業から夜営業に変更した上で営業を再開したものであったこと・・・からすると、原告が供述するとおり、店内の片付けや開店準備のため、本件タイムライン記録に記録された時間(D氏は、原告が午後3時から午後4時までの間に出勤していたと思う旨を証言するところ、それよりも1時間程度早く)に出勤し、本件タイムライン記録に記録された時刻に退勤することも十分にあり得るものといえ、現に、同月14日には、築地店に出勤した後、業務用スーパー等を訪れたことがうかがわれる記録もあるところ・・・である。なお、同月10日及び同月16日については、同各日の移動記録・・・からしても、原告が供述するとおり、築地店の営業日ではなかったものの、被告の依頼を受け、銀座店において稼働したものと認められ、このような記録があることは、むしろ、本件タイムライン記録の信用性を高める事情であるということができる。」

「また、②築地店につき、昼営業が追加された同月19日以降は、営業時間が午前11時から午後3時まで及び午後5時から午後10時30分までとされ、D氏は、原告が午前9時若しくは午前10時頃に出勤していたと思う旨を証言する(原告も同様の供述をする。)ところ、本件タイムライン記録の記録は、上記の営業時間やD氏の証言に沿うものである。」

「さらに、③平成29年1月1日以降の銀座店における勤務については、午前9時から午後9時までの間のシフト制とされ、D氏は、通常、午前9時(ただし、ホール(フロア)担当の場合は午前10時からもあり得る。)から午後9時までの勤務(休憩1時間)であり、早番の場合は、午前9時(午前10時である旨の証言もしているが、シフト表(甲6)や本件タイムライン記録からすると、午前9時が正しいものと考えられる。)から午後4時までの勤務(休憩なし)(早番①)か、午前10時から午後6時までの勤務(休憩1時間)(早番②)のいずれかである旨を証言するところ、本件タイムライン記録の記録は、上記の営業時間やD氏の証言に概ね沿うものである。とりわけ、本件タイムライン記録の記録がシフト表(甲6)における早番や休みの記載とほぼ整合していることや、近所の喫茶店における休憩が多数記録されていること(甲5・38、43、48、50、57頁等。中には、1日に2回に分けて休憩をとった記録もある(同・66頁)ほか、原告が主張する1時間以上の休憩がとられている記録も多数ある。)は、本件タイムライン記録が各日の移動状況をその都度記録したものであることを強く裏付ける事情であるということができる。」

「その他、本件タイムライン記録には、休日の移動記録(甲5・3頁等)や、築地店及び銀座店以外の場所への移動記録(同・9頁等)のほか、退勤後に寄り道をした記録(同・43、50、59、61、83、88、89頁等)もあり、これらの事情によれば、原告が、本件解雇後に、被告に対し割増賃金を請求するため、編集機能を利用して本件タイムライン記録を一から作出したとは考え難いものである。」

「他方で、被告が本件タイムライン記録の不自然性として指摘する諸事情は、原告が主張するとおり、GPSの感度の問題やタイムライン機能の設定の問題等として一応の説明をすることが可能であるところ、本件においては、本来、労働者の労働時間を適切に把握して然るべき被告において、原告の主張する本件タイムライン記録に基づく各日の労働時間が実際の原告の労働時間と異なることについて、個別具体的に指摘し、その裏付けとなる客観的な証拠を提出しているわけでもない。

上記に検討したところによれば、本件タイムライン記録には信用性が認められるというべきであり、原告が築地店及び銀座店に滞在していた時間中に、休憩時間を除き、被告の業務以外の事項を行っていたと認めるに足りる客観的な証拠はないから、原告は、本件タイムライン記録に記録された築地店及び銀座店の滞在時間(休憩時間を除く。)に、被告の業務に従事していたものと認めるのが相当である。

3.GPS移動記録「で」補強したのではなく、GPS移動記録「を」補強した

 冒頭で述べたとおり、他の立証の柱(メールなど)をGPS移動記録で補強することは実務上普通に行われていたことです。

 しかし、本件は、

「本件タイムライン記録に記録された築地店及び銀座店の滞在時間・・・に、被告の業務に従事していたものと認めるのが相当である」

とGPS移動記録の滞在時間からダイレクトに労働時間を認定しました。

 さすがに営業時間や証言などの一定の補強材料と、被告による労働時間管理の懈怠とが組み合わさってのことではありますが、それでもGPS移動記録をもとに労働時間を認定した点は画期的な判断だと思います。

 GPS移動記録は手軽に付けることができるため、このような労働時間の立証方法がが認められたことは、残業代請求を容易にする点で、労働者側にとって好ましいことだと思います。後は、補強材料としてのどの程度の事情が必要になるのか、事案の集積による明確化が期待されます。