弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自分で購入したタイムカードの打刻による労働時間立証が認められた例

1.労働時間の把握・管理義務

 労働安全衛生法66条の8の3は、

「事業者は、第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第一項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。」

と規定しています。

 「第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導」というのは、要するに医師による面接指導のことです。

 また、「厚生労働省令で定める方法」とは「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」を意味します(労働安全衛生法施行規則52条の7の3)。

 このように、労働安全衛生法は、事業者に対し、労働時間を適正に把握・管理する義務を負わせています。これは労働者の安全衛生の観点から定められた義務ですが、ここで記録された労働時間は、割増賃金(残業代)を請求するための資料としても活用されています。

 しかし、タイムカード等の客観的方法できちんと労働時間管理を行っていない会社は、残念ながら少なくありません。このような場合、適正に割増賃金を請求するためには、何等かの代替的な方法で労働時間(始業時刻・終業時刻)を立証する必要が生じます。

 それでは、会社が労働時間を適正に把握・管理してくれない時、自分でタイムカードを買ってきて打刻し、これを証拠として割増賃金を請求することは許されるのでしょうか? また、証拠としての価値を毀損させずに自作のタイムカードを保管するにあたっては、どのような点に留意する必要があるのでしょうか? こうした問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.2.25労働判例ジャーナル125-24 阪神協同作業事件です。

2.阪神協同作業事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、各種自動車運送事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、一時期支店長職にあった元従業員です。被告を退職し、未払割増賃金(残業代)を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では被告による労働時間管理が適正になされていなかったため、次のような経緯のもと、原告はタイムカードを自作していました。

(裁判所が認定した事実)

「原告は、平成29年9月ころ、Gとの間でトラブルがあったことを理由に、被告から自宅で勤務するように言われた。原告に思い当たる節はなかったが、被告が業務に必要な環境を自宅に整えたことから、以後はC支店には出勤せず、自宅で業務をし、運送や出張の際も直行直帰していた。原告は、自ら購入したタイムカードに、被告で使用しなくなった打刻機で打刻したり、自ら筆記具で記入したりすることによって、始終業時刻等を記録するようになり、B社長からの求めに応じ、毎月の賃金締日に本社へファックス送信していた・・・。

 本件では、このように自作されたタイムカードによる労働時間立証の可否が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告の就労状況につき、個別の労働日ごとに逐一反論、反証することはないものの、原告が依拠するタイムカード記載の始終業時刻について、その正確性を争っている。しかし、原告の労働時間については、

C支店に勤務していた期間はGが原告の分も含め同支店勤務の従業員のタイムカードを本社に送付していたこと・・・、

その後在宅勤務をするようになってからも、原告は自ら購入したタイムカードに労働時間を記録し、B社長の求めに応じて本社にファックス送信するなどしていたこと・・・

前提事実・・・のとおり、被告は原告に対し時間外手当を支払っており、その金額は正確な労働時間の算定を前提とするものとは思われないものの、定額ではなく増減が繰り返されていたこと

等を踏まえれば、被告は原告の労働時間について一定の管理を行っていたことが認められる。これに対し、B社長は被告代表者尋問で、送付を求めたのはあくまでFやGなど原告以外の従業員のタイムカードのみであった旨供述するが、上記のとおり被告が原告にも時間外手当を支払っており、その労働時間に無関心ではなかったことを踏まえれば、これを信用することはできない。」

「また、被告は、タイムカードには始業又は終業時刻の記載漏れがある点も指摘しているが、逆に原告がタイムカード上の自らに不利な部分を事後的に加筆修正することはなかったことを裏付けている面もあり、必ずしもその他の記載の信用性を否定する理由にはならない。

「以上のとおり、原告のタイムカードは、被告に送付されて勤怠管理の基礎とされていたことに加え、仮に勤務実態に反する内容を記載しても運転日報その他の資料との齟齬等により露呈を避けられないことに鑑みると、その記載の信用性を肯定することができる。」

3.単独で信用性が認められたわけではないが・・・

 上述のとおり、裁判所は、原告が自作したタイムカードに信用性を認めました。これは種々の補強要素があってのことであり、単独で信用性が認められたわけではありません。しかし、自分でタイムカードを買い、会社の使われていない打刻機で自主的に記録した資料といっても、あながち無価値というわけではないことが分かります。

 また、自作資料は往々にして事後的に修正したくなることがありますが、本件では打ち漏らしを下手に修正しなかったことが逆に信用性を補強する要素として評価されています。これは自作資料を保管するうえでの留意点として参考になります。

 コロナ禍のもと在宅で働く人が多くなっています。法律相談をしていると、必ずしも労働時間を適正に把握・管理している会社ばかりではないように思われます。本件の裁判所は、在宅で働いている人の残業代請求の可否を考えるうえでも、意義のある判断を示しているように思われます。