弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

事業場外みなし労働時間制の適用の否定例-タイムカードで労働時間が計測されている場合

1.事業場外みなし労働時間性

 労働基準法38条の2は、

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。一般に「事業場外みなし労働時間制」と呼ばれる仕組みです。

 事業場外みなし労働時間制は、実際に働いた時間に関わらず、所定労働時間(ないし通常必要とされる労働時間)働いたものと擬制される制度です。幾ら長く働いたとしても所定労働時間働いたことにしかならない仕組みであるため、しばしば時間外勤務手当等(残業代)の支払いをしないための便法として問題になっています。

2.事業場外みなし労働時間制の適用が否定される類型

 事業場外みなし労働時間制の適用に係る使用者側の主張が否定される類型の一つに、労働時間を計測している場合を挙げることができます。

 法文を見れば分かるとおり、事業場外みなし労働時間制は

「労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いとき」

にしか活用することができません。

 しかし、事業場外で労働者が仕事をしている時に、怠けていないのかが気になるのか、使用者が、労働者に対して、何時から何時までどのような作業をしたのかなどの勤務状況を報告させていたり、携帯電話を持たせて一定の時間帯に常に連絡のつく状況でいるように指示したりしていることがあります。このような場合、

「労働時間を算定し難い」

とは認めらないことから、事業場外みなし労働時間制の適用が否定され、実労働時間に応じた時間外勤務手当等(残業代)の請求が可能になります。

 近時公刊された判例集にも、「労働時間を算定し難い」とはいえないことを理由に事業場外みなし労働時間制の適用を否定した裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.7.8労働判例ジャーナル129-36 ヨツバ117事件です。

3.ヨツバ117事件

 本件で被告になったのは、防災機器、防災器具、防災用品の仕入れ並びに販売事業等を行う株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、営業職の正社員として勤務していた方です。退職後、時間外勤務手当等(残業代)を請求する訴訟を提起したところ、被告から事業場外みなし労働時間制が適用されるとの抗弁が提出され、その適否が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告への事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告の業務内容が認定事実・・・のとおりであったことに照らせば、その一部が事業場外で行われるものであったといえる。」

「しかし、労働者がいわゆる営業活動を行い、事業場外で業務に従事する場合、その内容は多様なものがあるところ、労働時間は実労働時間によって算定するのが原則であり、使用者は労働者の労働時間を適正に把握・管理する義務を負っていること、他方、労働者が事業場外で行う労働に関しては、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難なことがあるために事業場外労働のみなし時間制が設けられたことなどに照らせば、『労働時間を算定し難いとき』(労基法38条の2第1項)に該当するというためには、業務の性質・内容、業務に関する指示及び報告の方法・内容等を踏まえ、使用者の具体的な指揮監督が及ぶか、使用者が労働者の業務の状況を具体的に把握することができるかなどの観点から検討していくことが必要である。」

「本件についてみると、原告が時間外労働を行ったと主張している22か月のうち20か月についてはタイムカードが存在すること・・・、被告の就業規則では、始業及び終業時にタイムカードの打刻が義務付けられていること・・・、被告の従業員服務規程でも外回りから戻ってきた際にタイムカードの打刻が義務付けられていること・・・、被告の事務所にも『帰って来たら必ずタイムカード押して下さい』との掲示がなされており、タイムカードの打刻が求められていること・・・などからすれば、被告ではタイムカードの打刻が義務付けられており、原告は、タイムカードが残存する月以外の月についてもタイムカードを打刻していたことがうかがわれる。そして、タイムカードは打刻した時刻を客観的に記録するものであること、原告のタイムカードをみると、一部手書きの時刻もあるものの、おおむね出勤時刻及び退勤時刻が打刻されていること・・・からすれば、被告とすれば、原告のタイムカードの打刻内容を確認することで、原告の労働時間を把握することが容易に可能であったということができる。

「また、ポイント加減一覧表の記載内容に照らせば、被告では1日3回の売上報告を行うことが義務付けられていたことがうかがわれるところ(なお、報告が義務付けられていたかの点をさておくとしても、1日3回の電話による売上報告が行われていたこと自体は被告も自認している。)、被告は、同報告により営業担当の従業員がどのような活動を行っているか把握することができ、仮に、報告内容に疑問を抱いたり、詳しい内容を知りたいのであれば、報告の際やあるいは翌日朝に事務所に出社した際に追加の報告を求めることも可能であったといえる。そして、原告を含む営業担当の従業員は毎日業務日報を提出していたこと・・・からすれば、同業務日報の内容を踏まえて、報告内容を検討することも可能であったといえる。なお、被告の主張を前提としても、1日3回の報告のうち最後の報告は終業時になされていたことになるから、被告は従業員の終業時刻を把握することも可能であったことになる。」

「さらに、原告の業務内容が消火器の販売・交換というものであることからすれば、訪問件数や訪問先所在地などを確認すれば、どの程度の時間を要するかについて、ある程度把握することも可能であったといえる。」

以上を総合考慮すれば、本件における原告の業務が、『労働時間を算定し難いとき』に当たると認めることはできない。

4.濫用的に使われていないか?

 タイムカードで労働時間が計測されていれば、「労働時間を算定し難い」と認められるわけがないとお考えの人がいるかも知れません。

 しかし、事業場外みなし労働時間制を導入して残業代の支払いを減らしつつ、サボタージュしていないか労働者を監視したがるという矛盾した行動をとる会社は少なくありません。

 冒頭で述べたとおり、事業場外みなし労働時間制は時間外勤務手当等(残業代)を支払わない方便として濫用されやすい仕組みです。

 残業代が払われないことに理不尽さをお感じの方は、本当に適用要件が満たされているのかを精査してみても良いのではないかと思います。自分で確認することが難しいとお考えの方は、弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所でも、相談は、お受け付けしています。