弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一日の行動予定をメールで送信していたうえ、出社-所外業務-帰社していた労働者への事業場外みなし労働時間制の適用が否定された例

1.事業場外労働のみなし労働時間制(事業場外みなし労働時間制)

 労働基準法38条の2第1項は、

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。これは一般に「事業場外労働のみなし労働時間制」「事業場外みなし労働時間制」などと呼ばれています。

 「みなす」というのは反証が許されないことを意味します。つまり、所定労働時間以上に働いていたことが立証できたとしても、所定労働時間働いたものとして扱われます。但書があるためあまり無茶はできないにしても、こうしたルールは、しばしば残業代(所定労働時間外の労働の対償)を踏み倒すために濫用されます。

 そのため、事業場外みなし労働時間制の適否をめぐる争いは少なくありません。近時公刊された判例集にも、事業場外みなし労働時間制の適否が争点となった裁判例が掲載されていました。名古屋地判令5.2.10労働経済判例速報2515-31 住友不動産事件です。

2.住友不動産事件

 本件で被告になったのは、

不動産の売買・仲介等を営む株式会社(被告会社)

被告会社の従業員であり、原告が所属していたA事業所B営業所(本件営業所)の所長(被告丙川)、

被告会社の従業員であり、原告の指導係であった者(被告丁田)

の三名です。

 原告になったのは、被告会社との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、本件営業所で営業職員として業務に従事してきた方です。退職した後、

在職中に適用されてきた事業場外みなし労働時間制、固定残業代が無効であることを前提に時間外勤務手当等(残業代)を請求するとともに、

パワーハラスメントを受けたことを理由として損害賠償請求

を行ったのが本件です。

 事業場外みなし労働時間制との関係で言うと、被告会社は、

「A事業所において本件適用業務(新築そっくりさん事業本部、注文住宅事業本部における戸建住宅等の工事受注・施工管理等の業務 括弧内筆者)に従事する職員は、事業場外での業務に従事しており、『労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事』している。すなわち、本件適用業務に従事する職員は、住宅展示場やモデルハウスを拠点として、見込み客への訪問、土地現地調査、不動産業者回りや施工現場における工事の管理など、外出しての業務を中心として行っている。被告会社の住宅展示場等で集客する顧客のうち半数程度は土地を所有しておらず、このような顧客のために不動産業者の訪問及び実地調査をして、土地を探すのも重要な業務であった。」

「本件適用業務に従事する職員の日々のスケジュールは、週に一度の営業所内ミーティング及び月に一度の事業所全体のミーティングを除き、原則として各職員に委ねられており、各職員の事業場外における勤務状況を被告会社が具体的に把握することは困難であるから『労働時間を算定しがたいとき』に該当する」

などと主張して、事業場外みなし労働時間制の適用を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「『労働時間を算定し難いとき』(労働基準法38条の2第1項)に当たるか否かは、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を総合して、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるかという観点から判断するのが相当である。」

「原告は前記・・・のとおり、土地の確認等のために営業所外での業務を行うことがあったと認められる。しかし、原告は、被告丙川に対し、一日の行動予定を毎朝メール送信しており、その中には営業所外での業務を行う予定が記載され、また、原告は営業所外での業務を行う場合でもいったん出社した上で、営業所外に移動し、再び営業所に戻っているのであるから、被告会社が原告の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りない。」

「したがって、『労働時間を算定し難いとき』に該当するとは認められず、原告に対する事業場外みなし労働時間制は適用されない。」

3.適用要件を満たさないのに営業職の方は多いのではないか?

 以上のとおり、裁判所は、

一日の行動予定をメールで送信していたこと、

出社-所外業務-帰社していたこと、

を指摘し、事業場外みなし労働時間制の適用要件(労働時間を算出し難いとき)を充足していないと判示しました。

 事業場外みなし労働時間制のもと、本件の原告の方と似たような働き方をしている営業職の方は少なくないのではないかと思います。

 心当たりのある方は、残業代請求の余地がないのかを、弁護士に相談してみてもいいのではないかと思います。もちろん、当事務所に相談して頂くことも可能です。