弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラの慰謝料-半年程度に渡って、叩いたり、「馬鹿野郎」などの暴言を吐いたりした場合

1.パワー・ハラスメントにより生じる民事的責任

 パワー・ハラスメント(パワハラ)が成立する範囲と、民事上の損害賠償責任が生じる場面とは、必ずしも一致しているわけではありません。しかし、重なり合う領域は広く、パワハラの被害者から、加害者や、加害者を使用する会社に対し、損害賠償請求が行われることは少なくありません。

 ただ、一般論としていうと、パワハラの慰謝料水準は決して高くありません。稀に高額化する事案もありますが、かなり酷いことが行われていても、数十万円台に留まることが多いのが実情です。そのことは、一昨日、昨日と紹介させて頂いている、名古屋地判令5.2.10労働経済判例速報2515-31 住友不動産事件からも読み取ることができます。

2.住友不動産事件

 本件で被告になったのは、

不動産の売買・仲介等を営む株式会社(被告会社)

被告会社の従業員であり、原告が所属していたA事業所B営業所(本件営業所)の所長(被告丙川)、

被告会社の従業員であり、原告の指導係であった者(被告丁田)

の三名です。

 原告になったのは、被告会社との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、本件営業所で営業職員として業務に従事してきた方です。退職した後、

在職中に適用されてきた事業場外みなし労働時間制、固定残業代が無効であることを前提に時間外勤務手当等(残業代)を請求するとともに、

パワハラを受けたことを理由として損害賠償請求

を行ったのが本件です。

 慰謝料との関係で意味を持つのは、被告丙川によるパワハラです。

 裁判所は、原告が被告丙川から受けたパワハラによる慰謝料について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「被告丙川は、原告に対し、入社後、スーツの着方や歩き方について注意することがあった。また、令和2年2月頃、原告が顧客に対する営業を開始した後、原告の業務について、期日までに業務が終わっていない、顧客に提示すべき資料を提示していない、報告や相談が十分でない、ミスが多いとして注意することが多くなり、令和2年5月ないし6月頃には、相当厳しいものになっていた。被告丙川は、注意する際は、自分は椅子に座り、原告に片膝を立てた姿勢を取らせたり、原告を平手で頭や肩を叩くことがあり、紙のファイルで頭を叩くことや、机をたたくこともあった。」

「原告の弟は、令和2年2月から3月にかけて、自宅購入を検討しており、被告会社との間で商談を行った。しかし、原告の弟は、被告丙川が約束の期日までに図面、見積もり等の資料を作成できなかった、値引き額が十分でない、詳細が決まっていない段階で、早期契約を求められたなどとして、被告丙川に抗議し、契約成立には至らなかった。」

「被告丙川は、令和2年6月頃、原告に対し、顧客から、土地の分筆、建物の設計図面の件でクレームがあったことについて、原告が顧客及び業者に対する連絡、顧客への資料の提示、被告丙川らに対する報告を怠ったことが原因であるとして叱責し、『分からんかったら聞けよ、馬鹿野郎』、『お前やっとることが高飛車なんだわ馬鹿野郎。腹立ってくんな。』、『何で怒られるか分かる? 分からないなら辞めてくれていいよ。』などと述べた。また、被告丙川は、『自分を守ることだけしかしなかったら、人に矛先が向かうんだよ。お前、それを学べよ馬鹿野郎。』、『毎度だ。弟の時もだ。お前人間性だよ、営業がどうのこうのじゃない。』、『てめえが悪くないように言うな。お前馬鹿野郎。』などと、原告が自分に都合よく説明することにより、被告丙川らにおいて適切な対応が取れず、顧客のクレームの矛先が被告丙川らに向かう旨述べ、そのような原告の態度が、営業の問題というより、原告の人間性の問題であるなどと発言し、原告を叱責する中で激高し、机いを叩き、また、平手で、片膝を立てて座っている原告の顔を叩いた。」

「被告は、令和2年6月頃、原告からの申し出により、被告会社のサービスとして顧客の地盤調査及び測量を行う旨の決裁をしたが、後に、建物が新しく、建て替え計画についても明確でなかったため、地盤調査及び測量を行うべきではなかったことが判明した。そこで、被告丙川は、原告に対し、登記事項証明書を確認すれば建物が新しいことは分かったはずであり、調査費用8万4000円が無駄になったとして叱責した。また、被告丙川は、実際には負担させなかったものの、発生した調査費用について、原告が負担するよう求め、『次にやったら、本当に金取るからな。てめえ、馬鹿野郎。』などと叱責した。」

「被告丙川は、原告に対し、令和2年6月ないし7月頃、原告の予定に関して、『今月のアタック邸どうするつもりだ』『テメェ、シカトか?』などと言うメールを送信した。」

(中略)

被告丙川は、前記・・・に関し、暴行又は暴言を含む指導を行った他、前記・・・のとおり、令和2年1月23日以降同年7月21日までの間に、被告丙川が、指導の際に少なくとも10回程度は原告を叩いたこと、複数回にわたり『馬鹿野郎』などとの暴言を吐いたことについて、業務上の指導として相当な範囲を逸脱したものとして、ハラスメントに該当し、不法行為が成立するというべきである。

(中略)

前記・・・丙川の行為について、原告に対する指導の中で半年程度の間、暴行、暴言が少なくない頻度で継続的に行われたことが認められ、原告が被告会社を退職した理由の1つにもなったことが認められる・・・。他方で、被告丙川によるハラスメントが業務と無関係に行われたものではなく、指導の必要性自体は否定できないこと等の事情を総合考慮すれば、被告丙川の不法行為によって原告に生じた精神的苦痛に対する慰謝料としては、70万円と認めるのが相当である。

「また、被告丙川の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、7万円と認めるのが相当である。」

3.半年程度に渡り暴行、暴言が継続しても70万円

 本件では、かなり酷い暴行、暴言が長期間に渡って継続しています。加えて、被害者は退職にまで至っています。

 それでも、裁判所は慰謝料として70万円しか認めませんでした。

 この種の裁判で必ず出てくるのが「指導の必要性自体は否定できない」などの言葉ですが、なぜ、指導の必要性があったら、暴行や暴言に伴う責任が軽減されるのかは理屈として全く理解できません。暴力を振るったり、「馬鹿野郎」などと侮辱したりする必要はないはずです。

 パワハラに関する問題が後を絶たない背景には、民事的な責任が軽いことも挙げられるように思われます。個人的には、パワハラの慰謝料額は、もっと高額な認定になって然るべきではないかと思われます。