1.退職妨害
労働者の退職を妨げようとする時の使用者の言動は、大体において似通っています。その中の一つに、「逃げるのか。」というものがあります。
この「逃げるのか。」という言葉は、労働環境・勤務条件の過酷さから目を逸らし、退職の理由を個人の意思の弱さと結びつけ、労働者を非難する意味合いで用いられることが多くみられます。
労働者の矜持や罪悪感に訴えかけて退職を妨害することに関しては、常々問題だと思っていたところ、近時公刊された判例集に、「逃げるのか。」という言動を違法だと判示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、長崎地判令3.8.25労働判例1251-5 長崎県ほか(非常勤職員)事件です。
2.長崎県ほか(非常勤職員)事件
本件で原告になったのは、長崎県A部B課の非常勤職員として採用された歯科衛生士の方です。
被告になったのは、長崎県(被告県)と原告の上司であったB課の課長補佐丙川(被告丙川)です。
被告丙川からセクシュアルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)を受けたとして、原告が被告らに対して損害賠償等を請求する訴えを提起したのが本件です。
原告が主張したパワハラの一つに、退職意向を告げた時に被告丙川から言われた「逃げるな。」という言動がありました。
この言動について、裁判所は、次のとおり判示し、違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「被告丙川は、原告に対し、①3か月たったら、他の職員に迷惑をかけることになるから、早くできるようにならないといけない旨を述べ、原告が退職意向を告げると、②俺の何が気に食わないのか、逃げるのか、俺に対して失礼だと思わないのか、などと述べたことが認められる。この点、被告らは、それぞれ、前記・・・のとおり主張するが、被告丙川は、この点について供述又は陳述しておらず、この点に関する原告の供述及び陳述並びにそれまでの前記認定の経過に照らすと、上記のとおり認定することができる。」
「被告丙川の上記発言のうち、①は、その内容及び同日午前の経緯に照らし、原告に対する指導ということができ、社会通念に反し、原告に対する精神的攻撃又は人格権若しくは人格的利益の侵害に当たり、違法であるとまでは認められない。他方、②は、退職意思を示した原告に対し、原告が被告丙川によるパワハラを訴え、辞めようとしているものと捉え、自己防衛的に原告を非難するものであり、退職意思を示した部下に対し、事情を聴取する際の上司の言動として、不適切であることが明らかであり、社会通念に反し、違法であると認められる。」
3.逃げて何が悪いのか?
労働環境や勤務条件に見切りをつけて逃げることは、労働者に認められた当然の権利です。非難されるいわれは全くありません。
辞意を切り出したところ「逃げるのか。」などと追い打ちをかけるかのように非難され、辟易としている方の保護を考えるうえで、本裁判例は参考になります。