弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職勧奨に応じられない場合には、退職しない意思を明確に表明すること

1.退職勧奨の限界

 退職勧奨とは、

「辞職を勧める使用者の行為、あるいは、使用者による合意解約の申込みに対する承諾を勧める行為」

をいいます。

 退職勧奨を行うことは、

「基本的には自由である」

と理解されています。

 ただ、

「社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為として損害賠償を請求することができる」

とされています(以上、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕540頁参照)。

 この損害賠償を請求することができる場合に関するリーディングケースに、最一小判昭55.7.10労働判例345-20 下関商業高校事件があります。

 下関商業高校事件では、市立学校教諭に対する退職勧奨の適法性が問題になりました。この事件で、最高裁は、

「被勧奨者が退職しない旨言明した場合であっても、その後の勧奨がすべて違法となるものではないけれども、被勧奨者の意思が確定しているにもかかわらずさらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがあり、特に被勧奨者が二義を許さぬ程にはっきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべきであろう。

(中略)

「市教委の退職を求める理由はこの機会において十分説明されたものと考えられるところ、これに対し原告らは退職する意思のないことを理由を示して明確に表明しており、特に原告らについてはすでに優遇措置も打切られていたのであるから、それ以上交渉を続ける余地はなかったものというべきである。しかるに被告八木らはその後も原告坂井については五月二七日までの間に一〇回、同河野については七月一四日までに一二回、それぞれ市教委に出頭を命じ、被告八木ほか六人の勧奨担当者が一人ないし四人で、一回につき短いときでも二〇分、長いときには一時間半にも及ぶ勧奨を繰り返したもので、明らかに退職勧奨として許容される限界を越えているものというべきである。」

などと判示した一審の判断を支持しました。

 こうした判示を意識してか、実務上、退職勧奨の適否の判断にあたっては、退職しない意思が明確に拒絶されたのかどうかがポイントになる例が少なくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.10.27労働判例ジャーナル121-46 ツキネコ事件も、そうした裁判例の一つです。

2.ツキネコ事件

 本件で被告になったのは、スタンプ台等の印判用品の販売並びに輸出入等の業務を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表取締役C(被告C)の二名です。

 被告会社は従業員約70名、年商約10億円規模の会社であり、原告は従業員として開発部長の職に在った方です。

 本件では複数の請求がなされ、争点も多岐に渡りますが、その中の一つに違法な退職勧奨がなされたことを理由とする損害賠償請求がありました。

 この事件では、休職後リハビリ中の原告に対し、7か月余りの間に21回の面談が設けられ、複数回に渡り退職勧奨が行われました。

  かなり強度の退職勧奨が行われているようにも見えますが、裁判所は、次のとおり述べて、退職勧奨は違法とは認められないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告Cが原告に対して執拗に退職勧奨をしており、実質的には退職強要であって、不法行為に該当する旨主張する。」

「ところで、使用者は、労働者に対し、基本的に自由に退職勧奨をすることができ、使用者のする退職勧奨は原則として不法行為に当たらないが、労働者の自由な意思形成を阻害したり、名誉感情を侵害したりした場合には不法行為となる場合があると解される。」

「本件では、被告Cは、リハビリの経過を観察することのほかに、リハビリを通じて本人の適性を受入れさせること、経営がニッケグループに替わったことを理解させることなどの目的で、7か月余りの間に原告と21回の面談を行い、その間、たびたび被告会社を退職して別の会社で働く選択肢もある、復職したら嫌なこともあると予想されると話すなどしており、原告に対して複数回にわたって退職勧奨を行ったと認められる。しかし、原告は、平成31年3月4日の18回目の面談に至ってももう少しだけ時間がほしいと回答するなど、被告Cに対し、退職勧奨を明示的に拒絶したことはないし、被告Cも原告の復職には応じない、原告を辞めさせるなどと明言したことはない。このような点に照らすと、被告Cによる退職勧奨の頻度、回数はやや多いとはいえるものの、被告Cの退職勧奨が原告の自由な意思形成を阻害したとは認められない。現に、原告は被告Cの退職勧奨に応じていないし、被告Cも原告に対して復職命令を発している。」

「また、被告Cは、原告との面談の際、原告に適性のある職種はないなどと述べているが、名誉感情の侵害は、それが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて人格的利益の侵害が認められるものであるところ(最高裁平成22年4月13日第三小法廷判決・民集64巻3号758頁参照)、原告に対する配転命令権を有する被告会社の代表者である被告Cが原告との面談やリハビリを通じて原告に適性のある職種はないと判断し、その結果を原告に伝えたとしても、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であるとはいえない。」

「以上のとおり、被告Cによる退職勧奨は違法とは認められないから、原告の主張は採用できない。」

3.不本意な退職勧奨に対しては、明確に拒絶の意思を表明すること

 私の感覚では、21回も退職勧奨をして辞めていないというのは、明確な退職勧奨の拒絶ではないかと思うのですが、裁判所はこれを否定しました。明示的な退職勧奨の拒絶というためには、態度で示すだけではなく、言葉で拒絶の意思を伝えることまで必要であるとの理解に立つものと思われます。

 退職勧奨に応じられない場合には、拒絶の意思を、はっきりと言葉で使用者に伝える必要があります。明言しておかないと、退職勧奨が続いたり、明言後も続く退職勧奨を違法だと判断してもらいにくくなったりします。

 それでも、使用者に対して、はっきりとした物言いをするのは難しい、そうお考えの方は、弁護士に退職勧奨を拒絶する旨の通知の作成を委託してもいいのではないかと思います。そうした通知の作成は、当事務所でも取り扱っています。お困りの方は、お気軽にご相談ください。