弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

元の職場とは異なる職場への復職命令の有効性

1.休職からの復職をめぐる問題

 厚生労働省が公表している

令和2年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概況

によると、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合は、0.4%とされています。

令和2年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概況|厚生労働省

 割合だけみるとメンタルヘルス不調から休職する人の数は少なそうにも思われます。

 しかし、雇用者数は約6000万人以上にもなるため、

統計局ホームページ/労働力調査(基本集計) 2022年(令和4年)3月分結果

単純計算でも、メンタルヘルス不調が原因で連続1か月以上休職したことのある労働者の数は240万人以上にもなります。

 このような世相を反映してか、メンタルヘルス不調で休職した方の復職の可否をめぐる紛争は、決して少なくありません。

 メンタルヘルス不調に陥った労働者の職場復帰を支援する必要があることについては、厚生労働省でも問題意識が持たれており、

心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き

という文書が作成・公表されています。

心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き |厚生労働省

 この文書の中に、

「『まずは元の職場への復帰』の原則」

というルールが記述されています。

 これは、

「職場復帰に関しては元の職場(休職が始まったときの職場)へ復帰させることが多い。これは、たとえより好ましい職場への配置転換や異動であったとしても、新しい環境への適応にはやはりある程度の時間と心理的負担を要するためであり、そこで生じた負担が疾患の再燃・再発に結びつく可能性が指摘されているからである。これらのことから、職場復帰に関しては『まずは元の職場への復帰』を原則とし、今後配置転換や異動が必要と思われる事例においても、まずは元の慣れた職場で、ある程度のペースがつかめるまで業務負担を軽減しながら経過を観察し、その上で配置転換や異動を考慮した方がよい場合が多いと考えられる。」

という考え方をいいます。

 それでは、この原則に反し、元の職場とは異なる職場への復職を命令することは許されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判令3.10.27労働判例ジャーナル121-46 ツキネコ事件は、この問題を取り扱った裁判例でもあります。

2.ツキネコ事件

 本件で被告になったのは、スタンプ台等の印判用品の販売並びに輸出入等の業務を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表取締役C(被告C)の二名です。

 被告会社は従業員約70名、年商約10億円規模の会社であり、原告は従業員として開発部長の職に在った方です。

 本件では複数の請求がなされていますが、その中の一つに労働契約上の地位の確認請求がありましした。これは復職命令に従わないことを理由とする解雇の効力が争われたものです。

 原告の方は「抑うつ状態」との診断を受けての休職から復職するにあたり、元々の職場である開発部ではなく、インク班インク製造チームで勤務することを命じられました。このような復職命令は安全配慮義務を無視した違法な命令であるとして、原告は復職命令に従わなかったことに問題はなかったと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、復職命令は有効だと判示しました。結論としても、解雇は有効であるとして、地位確認請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、肉体労働を伴う吉川工場のインク班インク製造チームへの勤務を命ずる本件復職命令は、医学的に見て問題であるから、原告に対する安全配慮義務を無視した違法な命令であると主張し、同主張に沿う証拠としてE医師の意見書・・・を提出する。」

「しかし、同意見書では、認定事実・・・のとおり、重い荷物を扱うような肉体労働をさせることについて十分な配慮がなされることが望ましい旨の意見が述べられているにとどまる。また、原告自身も、インク製造班でリハビリを行って腰を痛めた後、今後もやっていけるのか質問され、神経の病気なのでやってみなければ分からない、製造・運搬などの力仕事以外で細かい業務が多いと回答し・・・、その後も腰の状態について尋ねられ、我慢が十分できる程度の痛みと回答しており・・・、リハビリ期間中に腰の痛みでリハビリに耐えられないと訴えたことは一度もない。令和元年5月8日に行われた復職に向けた面談で、被告Cから、復職後の職場を告げられた際にも、原告は、現在、背中からお尻にかけて神経痛があり、通院しているが、リハビリ勤務をする前からあった症状であること、インク製造に従事する従業員が腰痛など抱えながら業務をしていることも承知していると述べた上で雇用契約書に署名しており、インク製造の業務に耐えられないとは述べていない・・・。他方、被告Cは、同面談の際に、重量物を扱うなどの業務については配慮したいと考えていると回答し・・・、その後も、被告会社は、本件復職命令に応じないと述べた原告に対し、実際の働き方は体調相談しながら進める旨のメールを送信している・・・。加えて、原告自身、インク製造班でもデスクワークがあることは認めている・・・。」

「以上のとおり、原告の主治医のE医師の意見、原告がリハビリ期間から本件復職命令に至るまでインク製造班での業務に耐えられないと申し出たことがないこと、被告会社も原告の体調には配慮すると明言していることに加え、インク製造班でも軽作業があることに照らすと、本件復職命令が医学的に問題であり、原告に対する安全配慮義務を無視した違法なものであるということはできない。したがって、原告の上記主張は採用できない。」

「また、原告は、まずは原告を元の職場に復職させるべきであるから、本件復職命令は違法であると主張し、この主張に沿う証拠として厚生労働省作成の『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』・・・を提出する。

しかしながら、同手引きにおいても、元の職場への復帰はあくまでも原則であり、『職場要因と個人要因の不適合が生じている可能性がある場合、(中略)元の職場環境等や同僚が大きく変わっている場合などにおいても、本人や職場、主治医等からも十分に情報を集め、総合的に判断しながら配置転換や異動の必要性を検討する必要がある』として元の職場への復帰に限定されない旨を述べている。

本件では、原告は、被告会社の製品の製造を巡るD取締役工場長とのトラブルを発端に精神疾患を発症して休職しており・・・、主治医であるE医師も外部と接触する業務と開発業務は避けた方がいいと指摘していたのであるから・・・、元の職場である開発業務に復職させず、本件復職命令を発したことが違法であるということはできない。したがって、原告の上記主張も採用できない。

以上によれば、本件復職命令が違法なものであるということはできない。

3.「まずは元の職場への復帰」の原則

 本件において「まずは元の職場への復帰」の原則を主張した原告の主張は受け入れられませんでした。

 しかし、元の職場への復帰させなかったことの当否が議論されている点において、必ずしも無視黙殺されている訳でないことは読み取れます。

 復職にあたって不本意な業務を打診されたという相談は、実務上も決して少なくありません。本裁判例は「まずは元の職場への復帰」の原則の取扱事例として、実務上参考になります。