弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働時間の通算規定を根拠とする割増賃金請求が否定された例

1.兼業労働者による割増賃金請求

 労働基準法38条1項は、

「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」

と規定しています。

 「労働時間に関する規定」には割増賃金を請求するための根拠規定も含まれます。

 したがって、A、B二つの事業場を有する甲社に雇われている労働者が、A事業場で8時間働いた後、B事業場に移動して2時間働いた場合、B事業場での2時間の労働は、法定時間外の労働として、割増賃金(残業代)請求の対象になります。この話は、比較的分かり易いように思います。

 しかし、このように労働時間の通算がされるのは、同一法人内の複数の事業場で働いた時に限られるわけではありません。甲法人で8時間働いた後、乙法人で2時間働いた場合、乙法人での2時間の労働は残業代請求の対象になります。。

 この解釈の根拠となっているのは、昭和23年5月14日基発第769号という通達です。この通達は、労働基準法38条1項の「事業場を異にする場合」について「事業主を異にする場合をも含む」との解釈を示しています。

 もっとも、この規定があるからといって、常に通算したうえでの時間外労働に対し残業代を請求できるわけではあません。事業主が他の事業主のもとで兼業していることを知らなかった場合がその典型です。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令7.3.27労働経済判例速報No.2593-3タイミー事件も、そうした事案の一つです。

2.タイミー事件

 本件で被告になったのは、求人者と求職者とのマッチングサービス等を提供している株式会社です。

 原告になったのは、被告が提供しているサービスを利用して、ある会社と雇用契約を締結した方です。その会社とは別の会社とも雇用契約を結んでいたところ、労働時間を通算すると法定労働時間を超えて働いた分が生じるはずであるが、残業代が支払われていないことについて被告を訴えたのが本件です。なぜ被告を訴えるのかというと、規約上、被告から賃金(相当額)が原告から支払われる建付けになっていたからです。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「なお、労働者が複数の事業主の下で労働に従事し、それらの労働時間数を通算すると労基法32条所定の労働時間を超える場合には、労基法38条1項により、時間的に後に労働契約を締結した事業主はその超えた時間数について割増賃金の支払義務を負うとされているが、当該労働者が他の事業主の下でも労働しており、かつ、同所での労働時間数と通算すると労基法32条所定の労働時間を超えることを当該事業主が知らなかったときには、同事業主の下における労働に関し、当該事業主は、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負わないものというべきところ、本件では、原告がC社において勤務していた間、事業主であるC社が、原告からの申告等により、他の事業主の下における労働時間と通算すると原告の労働時間が労基法32条所定の労働時間を超えることを知っていたとは認められないから、この点からしても、被告が原告に対し労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負うものとは認められない。」

「これに対し、原告は、被告の提供する本件サービスの内容等に照らせば、被告及びC社は、他の事業主の下での労働について、原告からの申告等を待たずに自ら確認すべき義務があるといえるところ、かかる義務を怠ったのであるから、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を免れないなどと主張する。しかし、この点に関して原告が主張する事情等を踏まえても、原告が本件サービスの利用者であることをもって、当然に、C社あるいは被告において、労基法38条1項の規定を念頭に置いて、原告の申告等がない場合にも、自ら、他の事業主の下での労働について原告に確認する義務を負っていたものと解すべき根拠は見出せず、原告の上記主張は採用できない。」

3.使用者が知らなかった時

 上述のとおり、使用者が知らなかった場合には、通算規定の適用が否定される可能性があります。

 残業代のことを考えると、兼業・副業が許可されているのであれば、きちんと使用者に連絡をしておいた方が良さそうに思います。