1.事業場外みなし労働時間制
労働基準法38条の2第1項は、
「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」
と規定しています。
この事業場外で働いた場合につき「労働時間を算定し難いとき」に一定時間労働したものと「みなす」仕組みを事業場外みなし労働時間制といいます。
事業場外みなし労働時間制は、しばしば残業代(割増賃金、時間外勤務手当等)を支払わないための方便として用いられています。所定労働時間よりも長く働かなければならない実体がある時に、事業場外みなし労働時間制を適用して、労働時間を「所定労働時間」と「みなす」ことができれば、残業代を払わなくても良くなるからです。そのため、事業場外みなし労働時間制の適否が争われる事件は、実務上少なくありません。
近時公刊された判例集にも、事業場外みなし労働時間性の適否が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令7.1.17労働判例ジャーナル160-46 ファミリーテック事件です。
2.ファミリーテック事件
本件で被告になったのは、建築工事業や大工工事業を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、職人の手配や工事現場の管理等の業務に従事していた方です。被告に対して割増賃金(いわゆる残業代)等を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件でも事業場外みなし労働時間制の適否が争点になりました。
被告は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を主張しました。
(被告の主張)
「原告は、工事部の本部長等として、建築施工現場の管理等の、主に事業場外の労働に従事していた。原告は、複数の建築施工現場の管理等を担当することから、労働時間の算定は困難であり、労基法38条の2第1項本文に基づき、労働時間算定義務が免除される。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、始業時に工事現場に直行することが多いものの、原告を含む従業員のスケジュール(原告については、工事名、業務の内容及び場所)が、事前にサイボウズに登録されており、変更がある場合はその旨を記入することになっていた。また、被告は、原告を含む、現場にいる従業員に携帯電話等で連絡することができたことに加え、従業員が使用する携帯電話に位置情報共有アプリである本件アプリが入れられており、被告は、従業員の位置情報を把握することができた。原告は、現場から直帰することもあるが、その回数は多くなく、多くは被告本社に帰社し、業務を行っていた。」
「これらの事情によれば、原告が事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難い場合(労基法38条の2第1項本文)に該当するとはいえず、原告に事業場外みなし労働時間制が適用される旨の被告の主張は採用できない。」
3.スケジュールは実際の労働時間と合っている必要はない
本件は上記の部分だけを見ると、当然の結論のようにも思えます。
しかし、裁判所は、サイボウズに基づいた労働時間立証については、次のとおり述べて、これを否定しています。
(裁判所の判断)
「原告は,サイボウズ(甲3)に記録された時間が原告の実労働時間を示すものであると主張する。」
「被告では、タイムカード等の労働時間を管理するシステム等が導入されておらず、被告の従業員がサイボウズに予定を入力することによって、従業員の予定等を把握することになっており、スケジュールに変更がある場合は、サイボウズに入力することになっていた。また、被告では、従業員の携帯電話に本件アプリをインストールし、従業員の所在を確認することも可能であり、被告グループの総務及び人事業務を担当するEもサイボウズで労働時間を管理していると認識していた。このようなサイボウズの内容や原告の業務内容等からすれば、原告が一定の時間外労働をしていた可能性を直ちに否定できない。」
「しかし、サイボウズに記録された時間は、被告の従業員の予定であり、従業員の労働時間を機械的に記録するものではなく、また、従業員の労働時間を終業後に被告に報告等するものでもなく、被告においてサイボウズで従業員の始業時刻及び終業時刻を把握していることまではしておらず、他に被告がサイボウズに記録された時間に原告が労働したかを確認していたと認めるに足りる証拠もない。また、原告は、令和4年10月4日から同月8日まで及び同年12月6日から同月10日まで、各5日病気により欠勤したが、サイボウズの記録・・・には、これらが反映されていないと考えられ、予定の変更があった場合、実際にどの程度サイボウズの記録の修正がされたか疑問も残る。さらに、前記・・・のとおり、実際に原告がサイボウズに記録された時間にそのとおりに勤務したとは認められない日が複数存在し、また、証拠・・・によれば、令和5年7月23日、同月24日及び同月27日~同月29日について、サイボウズに記録された原告の業務内容及び原告主張の労働時間と、本件アプリから認められる原告の位置情報が整合していないほか、原告が被告から行うべき作業を行っていないなど業務内容を問題視されていたという事情も認められる。」
「そうすると、上記のとおり原告が一定の時間外労働をしていた可能性を直ちに否定できないものの、原告がサイボウズに記録された時間のとおりに勤務し、その時間が原告の実労働時間であったとまでは認めるに足りないといえる。」
以前、最三小判令6.4.16労働判例1309-5 協同組合グローブ事件という最高裁判例を紹介しました。
事業場外みなし労働時間制の適用が認められた最高裁判例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
この事件では、外国人の技能実習に係る管理団体となっている事業協同組合に雇用されていた外国人技能実習生指導員への「事業場外みなし労働時間制」の適用について、
「業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」
と判示し、事業場外みなし労働時間制の適用を認めた原審を破棄しました。
協働組合グローブ事件が
業務日報は正確性が担保されたものでなければならない、
としていることを考えると、
スケジュール登録も正確性が担保されたものでなければならない
⇒スケジュール登録がなされていたとしても、正確性が担保されていないのであれば、やはり「労働時間を算定し難いとき」に該当するのだ、
という推論も成り立ちそうに思います。
しかし、本件の東京地裁は、そうした考えは採用しませんでした。これは位置情報共有アプリが併用されていたという事実が効いたのかも知れません。
あまり安易に協働組合グローブ事件の判旨を拡張しなかった事例として、本裁判例は実務上参考になります。