1.事業場外みなし労働時間制
労働基準法38条の2第1項は、
「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」
と規定しています。
この事業場外で働いた場合につき「労働時間を算定し難いとき」に一定時間労働したものと「みなす」仕組みを事業場外みなし労働時間制といいます。
事業場外みなし労働時間制は、しばしば残業代(割増賃金、時間外勤務手当等)を支払わないための方便として用いられています。所定労働時間よりも長く働かなければならない実体がある時に、事業場外みなし労働時間制を適用して、労働時間を「所定労働時間」と「みなす」ことができれば、残業代を払わなくても良くなるからです。そのため、事業場外みなし労働時間制の適否が争われる事件は、実務上少なくありません。
2.「労働時間を算定し難いとき」をめぐる最高裁判例
「労働時間を算定し難いとき」の解釈についてのリーディングケースとして、最二小判平26.1.24労働判例1088-5 阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件があります。
この事件では、日報で業務の遂行状況が厳格に管理されていたことなどを理由に、旅行添乗員に対する事業場外みなし労働時間制の適用が否定されました。
しかし、近時、これを緩和するかのような最高裁判例が出現しました。最三小判令6.4.16労働判例1309-5 協同組合グローブ事件です。この事件では、外国人の技能実習に係る管理団体となっている事業協同組合に雇用されていた外国人技能実習生指導員への「事業場外みなし労働時間制」の適用について、
「業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」
と述べ、適用を否定した原審判決を破棄し、事件を原審に差し戻す判断をしました。
事業場外みなし労働時間制の適用が認められた最高裁判例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
こうした状況のもと、協同組合グローブ事件が「事業場外みなし労働時間制」の適否に与える影響が注目されていたのですが、近時公刊された判例集に「事業場外みなし労働時間制」の適用が否定された裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.8.9労働判例ジャーナル153-12 ファミリーライフサービス事件です。この裁判例の口頭弁論終結日は、令和6年5月10日とされており、協同組合グローブ事件最高裁判決の言い渡し日以降となっています。協同組合グローブ事件最高裁判決以降の「事業場外みなし労働時間制」の適否が問題となった公表裁判例として実務上参考になります。
3.ファミリーライフサービス事件
本件で被告になったのは、貸金業、住宅ローン事務代行、損害保険代理店業務等を業とする株式会社です。
原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、C営業所(本件営業所)において営業職に従事していた方です。
顧客情報の横流し等を理由として普通解雇されたことを受け、解雇無効を主張して地位確認等を求めるとともに、事業場外みなし労働時間制の適用を争い割増賃金等を請求する訴えを提起したのが本件です。
冒頭に掲げたテーマとの関係で注目したいのは、事業場外みなし労働時間制の適否に関する判断です。裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定し、原告の請求を一部認容しました。
(裁判所の判断)
「認定事実・・・によれば、本件営業所の営業担当者は、不動産業者の営業所等で業務に従事することが多く、自らの判断で不動産業者の営業所等に直行直帰することも許容されており、不動産業者の営業所等への訪問の目的、訪問先及び日時のスケジュールの設定及び管理も各自の裁量に委ねられ、上司が決定したり、事前にこれを把握して個別に指示したりすることはなく、訪問後も上司に報告することはなかったことが認められる。」
「しかしながら、他方で、認定事実・・・によれば、本件営業所の営業担当者は、本件営業所外で業務に従事する場合でも、基本的には、自らが担当する不動産業者の営業所等において業務に従事していたものであり、その業務内容も、
〔1〕住宅ローン商品の内容の説明(パンフレット等の提供)、
〔2〕契約申込書の記入、
〔3〕住宅ローンに係る金銭消費貸借契約の締結、
〔4〕融資の実行というある程度定型化されたものであったことが認められる。」
「また、認定事実・・・によれば、本件営業所の営業担当者の始業時刻は午前9時とされ、被告は、本件営業所の営業担当者に対し、午前9時を目途に始業するよう指示しており、本件営業所の営業担当者が当日外出又は翌日直行する場合には、本件事業所に設置されたホワイトボードに行先と帰社予定時刻又は直帰する旨を記載することとされていたこと、本件営業所の営業担当者は、被告から携帯電話を貸与され、本件営業所外においてこれを携帯し、常時通信可能な状態に置いていたこと、本件営業所の営業担当者は、不動産業者の営業所等で業務に従事することが多かったものの、様々な事務を処理するためにそれなりの頻度で本件営業所に立ち寄っていたことが認められる。」
「これらのことからすると、被告は、本件営業所の営業担当者に対し、事後的に本件営業所外での勤務に係る勤務場所や勤務時間を報告させることにより、これらを把握することができたと考えられ、上記のような本件営業所の営業担当者の置かれた状況によってその信用性は一定程度確保されていたといえるし、案件の進ちょく状況や業務上作成される書類との整合性を確認することによっても、その信用性を確保することができたと考えられる。」
「以上のような本件営業所の営業担当者の業務の性質及び内容、その遂行態様、状況等に照らせば、上記のとおり、各営業担当者が自らの判断で直行直帰することが許容されていたことや、不動産業者の営業所等への訪問の目的、訪問先及び日時のスケジュールの設定及び管理が各自の裁量に委ねられ、訪問後も上司に報告することがなかったことなどを考慮しても、原告を含む本件営業所の営業担当者の労働時間の算定が困難であったとはいえないから、本件において、事業場外みなし労働時間制は適用されない。」
4.正確性の担保に関する具体的な事情
協同組合グローブ事件最高裁判決以降、
(労働者の報告の)「正確性の担保に関する具体的な事情」
とは一体何を指すのかが注目されていました。
本件は、
業務内容がある程度定型的なものであったこと、
携帯電話が常時通信可能な状態に置かれていたこと、
それなりの頻度で事業所内に立ち寄っていたこと、
などから、
報告の信用性は一定程度担保されていたし、
案件の進捗状況や書類との整合性をチェックすることでも信用性を確保することができた、
として、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。
「事情」がこの程度で足りるのであれば、協同組合グローブ事件最高裁判決以前の判断と、それほど大きな差はなさそうだなと思います。
元々、判例変更ではないと理解されていましたが(林道晴補足意見)、協同組合グローブ事件最高裁判例以降も、極端に事業場外みなし労働時間制の適用が争いにくくなるということはなさそうに思われます。