弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

携帯端末で始業・終業時刻を入力でき、社用携帯を所持するよう指示されていたとして、事業場外みなし労働時間制の適用が否定された例

1.事業場外労働のみなし労働時間制(事業場外みなし労働時間制)

 労働基準法38条の2第1項は、

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。これは一般に「事業場外労働のみなし労働時間制」「事業場外みなし労働時間制」などと呼ばれています。

 「みなす」というのは反証が許されないことを意味します。つまり、所定労働時間以上に働いていたことが立証できたとしても、所定労働時間働いたものとして扱われます。但書があるためあまり無茶はできないにしても、こうしたルールは、しばしば残業代(所定労働時間外の労働の対償)を踏み倒すために濫用されます。

 しかし、携帯電話など、携帯情報端末が普及した現在、事業場外で働いていたとしても、「労働時間を算定し難い」ことなど有り得るのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、携帯端末で始業・終業時刻を入力できることや、社用携帯を所持するように指示されていたこと等を根拠として、事業場外みなし労働時間制の適用が否定された裁判例が掲載されていました。東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル144-42 テレビ東京制作事件です。

2.テレビ東京制作事件

 本件で被告になったのは、株式会社テレビ東京などで放送されるテレビ番組の企画制作の受託等を事業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、業務センター総務部兼番組管理部に配置換えされるまでの間、テレビ番組の演出及びプロデュースなどの番組制作業務を主たる業務とする制作センターで勤務していた方です。

 本件における原告の請求は多岐に渡りますが、その中に、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)の請求がありました。

 これに対し、被告は、

「制作業務は、主として企画、取材、撮影及び編集などで構成されるものであり、企画は、取材先での取材、資料の検討、放送局の担当者との打合せの作業があり、取材は、取材対象者のところへ赴いて話を聞いて撮影をし、現地を確認する作業があり、撮影は、現場での撮影の作業があり、編集は、仮編集、本編集及びMAという3段階の作業を行うところ、本来の所属事業場の労働時間管理組織から離脱した場所的状況の下で、他のいかなる労働時間管理組織からの具体的かつ継続的な指揮命令を受けることなく、原告の裁量的な判断の下で制作業務を行っていた。」

「そして、原告は、現場への直行・直帰を認められ、一人で制作業務に従事しており、制作業務は、その性質上、業務内容があらかじめ具体的に確定されているものではないため、原告は、被告からの具体的な指示を受けることなく、原告自身の判断で業務を遂行していた。また、原告は、具体的な業務内容やそれに要した時間等の報告を行っていたものではなかった。被告は、原告に対し、勤務時間管理システム(・・・『キングオブタイム』『KING OF TIME』『勤務時間表』と称されるもの。以下『本件システム』という。)により、始業・終業の都度、始業・終業時刻を申告するよう命じていたが、制作業務については、その正確性を担保する手段又は正確性を確認できる手段がなく、特に原告は、被告の上記命令に従わず、直前の半月分ないし1箇月分の始業・就業時刻をまとめて入力していた。原告は、本件システムの備考欄に、従事した業務の具体的内容は記載されておらず、原告の上司へのメールによる報告も毎日行われたわけではないから、被告が、原告の制作業務の内容・時間を把握することは困難であった。」

などと主張して、事業場外みなし労働時間制の適用を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「労基法38条の2は、事業場外の労働で、その労働態様のため、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合について、使用者の労働時間の把握が困難で実労働時間の算定に支障が生ずることから、実際の労働時間にできるだけ近づけた便宜的な算定方法を定め、その限りにおいて、労基法上使用者に課されている労働時間の把握・算定義務を免除する制度である。そうすると、労基法38条の2「労働時間を算定し難いとき」とは、事業場外の労働である上、その労働態様のため、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合をいうものと解される。」

「番組制作は、企画、取材、撮影及び編集の過程があるところ、企画の段階及び取材の初期の段階では、どのような取材対象者をどの程度取材することになるか、どのような調査を行う必要があるかをあらかじめ決め難い場合があると認められる。また、原告は、制作業務を一人で担当しており、企画、取材及び撮影は、被告の事業場外での労働が中心であり、編集についても事業場外の編集所で行う場合が多く、全体として、おおむね直行・直帰により行われていたものであり、上司などの管理者の目視できる場所で作業が行われることは少なかった。」

「他方で、企画及び取材における初期の段階でも、管理者が、原告から、その日行った作業内容の結果を報告させることは可能であったといえる。さらに、一つの番組は2~8箇月といった比較的長い時間をかけて制作されるものであり、一旦企画書が採用された後は、企画書によって、取材及び撮影の対象、内容及び方法が一定範囲に定まるものであると認められるから、企画書が採用された後は、上司において、企画書などに基づき、原告から報告された日々の作業内容に基づいて進捗を確認し、指揮命令を行うことができるといえる。」

また、始業・終業時刻については、携帯できる端末でどの場所からでも入力できる勤怠管理のシステム(本件システム)で報告することとされており、同システムには、ボタン操作により即時記録される始業・終業時刻はもちろん、始業・終業時刻を手動で入力編集した時刻も逐一記録されるものであったから、上司において、始業・終業時刻を確認したり、入力状況を確認したりすることができた。

「本件システムの備考欄によって取材先が報告されることがあるほか、首都圏以外は出張届で事前に届出がされ、首都圏内でも交通費の申請がされ、上司において、取材場所の確認が可能であった。また、原告が撮影した全ての映像には、撮影時刻及び撮影対象が逐一記録されていたから、撮影の作業の裏付け確認を行うことも可能であった。放送局及び取材先との会合費は月ごとに領収証とともに報告がされていたから、これにより原告の報告した作業内容の真実性を確認することもできた。また、映像の編集を行う編集所からは、番組ごとの利用日及び時間帯が被告に報告されていたから、これにより、原告の編集作業時間を確認することが可能であった。」

さらに、原告は、被告から社用の携帯電話を所持するよう指示されており、被告からいつでも呼出し確認ができる状態となっていた。

以上のことからすれば、原告の制作業務は、おおむね事業場外の労働であったといえるが、原告の上司において、上記・・・の方法で、原告の労働時間を把握するため具体的な指揮監督を及ぼすことが可能なものであったといえる。

したがって、制作業務は、その労働態様が、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合であったとは認められず、労基法38条の2『労働時間を算定し難い場合』とはいえない。

「被告は、原告が、被告が当初指示したとおり・・・、始業・終業の都度、本件システムのボタンを打刻する方法で報告を行わず、半月又は1箇月分をまとめて入力し、その後修正をすることを繰り返しており・・・、入力内容の正確性を担保する手段がなかったため、労働時間を算定し難いといえる旨主張する。」

「しかし、証拠・・・によれば、被告においては、本件システムで報告された社員の1箇月間の所定時間外労働が一定の時間数を超過した場合、管理職らが、当該社員に対し、本件システムの入力内容の正確性の確認を求め、当該社員が労働時間を修正して再報告することがあるなど、労働時間を1箇月程度まとめて報告をすることは、許容されていたことが認められる。また、管理職らの上記指示内容からは、被告において、始業・終業の都度のボタン操作で打刻した数値のみが正確であると捉えていたわけではないこともうかがえる。そして、原告が、本件システムに始業・終業の都度打刻をしていないことについて、平成30年5月より前に、被告が、原告に対し、労働時間を把握するため、その都度入力に改めるよう指導した形跡は見当たらない(同月指導した事実は、乙20によって認められる。乙31は、そのような指示を裏付けるものではない。また、乙38のメールも、上司から、原告に対し、平成30年3月2日の時点において、前月である同年2月の始業・終業時刻の報告が全くされていないとして報告を促すものであり、始業・終業時刻をその都度入力するよう指示したものではない。)。そうすると、原告が半月又は1箇月分をまとめて本件システムに入力していたのは、被告が、原告に対し、始業・終業時刻をその都度入力するよう指導を徹底していなかったことに原因の一つがあるといえる。」

「以上のことから、原告の上記報告の態様をもって、客観的に、労働時間を把握できるほど具体的な指揮監督を及ぼし得ない労働態様であったと認めることはできない。被告の主張は採用できない。」

3.携帯電話を持たせられていれば、事業場外みなし労働時間制は否定できるか?

 携帯電話(携帯情報端末)があれば、始業、終業時刻を報告することは可能ですし、上司が必要に応じて随時指揮監督を行うことも可能です。これにより、事業場外みなし労働時間制の適用が否定できるとなると、事業場外みなし労働時間制が適用される場面は極めて限定的に理解されるのではないかと思います。

 冒頭で述べたとおり、事業場外みなし労働時間制は、残業代の踏み倒しに利用されやすい仕組みです。本裁判例は、事業場外みなし労働時間制の不適用を主張するにあたり、大いに参考になります。