弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

更衣時間に労働時間性が認められた例

1.労働時間性

 労働基準法上の労働時間とは、

「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、・・・労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する

と理解されています(最一小判平12.3.9労働判例778-11 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件)。

 更衣時間・着替え時間は、しばしば労働時間に該当するのかが問題になりますが、基本的には、

「使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされた」

といえるのかどうかで判断して行くことになります。

 「義務付けられ、又はこれを余儀なくされた」といえるのかどうかは、価値判断が含まれることが多く、しばしば裁判でも問題になります。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、更衣時間に労働時間性が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.6.30労働判例ジャーナル144-38 テイケイ事件です。

2.テイケイ事件

 本件で被告になったのは、事務所、工場、商店、ビル等の警備の請負及びその保障等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは退職した元労働者で、被告に対し割増賃金等(いわゆる残業代)を請求したのが本件です。

 本件の争点の一つに、

更衣時間が労働時間に当たるか

という問題がありました。

 原告が、

「原告は、着替えに要する15分及び引継ぎに要する15分のため、交代時間の30分前には出勤し、退勤の際には、着替えのため5分遅れて退勤していた。したがって交代時間の30分前及び退勤時間の5分後は労働時間に含まれる。また、被告の設けた休憩時間及び仮眠時間は、いずれも待機時間に該当し、労働時間に含まれる。さらに、被告の事務所に赴くこととされた実績報告・装備点検時間も、被告の指示に基づいて行っていたものであり、実績報告を行ったことに対して『実績支援手当』が支給され、被告に出社したことが確認できる日時については、30分の労働時間を加算すべきである。」

「以上によると、原告の労働時間は、別紙2の『始業時刻』欄記載の時刻から『終業時刻』欄記載の時刻まで及び『実績支援手当分』欄記載の時間のとおりとなる。」

(中略)

「原告は、被告に雇い入れられた後、経済産業省において、被告から割り当てられた場所の常駐警備を行っていた。警備業務を行うには、被告が支給する警備服を着用して行う必要があり、経済産業省庁舎では、警備服は、更衣室内のロッカーに保管することとされていた。原告は、更衣室内のロッカーに保管されている警備服に更衣するため、私服で早出出勤し、警備服に着替えてから警備業務に従事し、帰宅時には、警備服から私服に着替えて帰宅した。」

「また、原告は、被告からズボンと靴以外については制服を着用せずに通勤するよう指示を受けていた。ズボンと靴以外には、制帽、白ベルト、肩部分の吊り紐、白手袋の着用が必要とされていた。これらの着用には、相応に時間を要していた。」

と主張したところ、」

裁判所は、次のとおり述べて、更衣時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、警備業務の開始に当たって、警備服の着用と交代のため30分を要し、勤務日ごとにシフト上の始業時刻から開始時刻より30分早く労務に従事したと主張する(なお、着替え時間15分と交代時間15分、ただし前日から連続勤務の場合には、これらの着替え時間は考慮していない。)。」

「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当すると解される(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)。」

「そこで、検討すると、本件就業規則は、制服のある場合は所定の制服を着用しなければならないと定めており(31条3号)、原告は、被告が貸与した警備服を着用し、割り当てられた経済産業省庁舎の警備業務に従事する必要があったものと認めることができる・・・。また、被告の施設警備事業部は、平成28年4月18日、『告示』、『通勤時の服装』、『私服でも制服でも可』、『※制服で出勤時は上着(機動服)を羽織ること』と記載した書面を作成し、警備員が警備服を着用して通勤することを許容するものの、外観上、稼働中の警備員と区別するため、夏・冬ともに上着(機動服)を着用し、標章が見えないようにすべき旨を指示していたものと認めることができるのであって・・・、仮に警備員が警備服を着用して通勤する場合であっても、警備業務に従事するに先立って、少なくとも現場において上着(機動服)を脱ぎ、白手袋及び帽子を着用することを余儀なくされていたということができる・・・。そうすると、最低限、原告がこれら装備の着用に要した時間は、被告の指揮命令下に置かれていたものと評価すべきである。

「そして、交通誘導業務(雑踏や工事現場において夜光チョッキを着用し、赤色の誘導灯を用いて車両の誘導を行う業務)を行う警備員として勤務していたd(以下『d』という。)は、「制服のままの移動はできないけど、ジャンパーとか羽織って、ちゃんと移動する分には問題はないということを聞いております。」と供述するとともに、「ヘルメット、チョッキ、制服、誘導棒、白手、全て現場で使うものを装着」することを前提に、「制服装備自体は、5分もあれば全部そろいます。」とも供述していたものと認めることができるのであって・・・、チョッキ及び誘導棒を要しない原告については、警備服への更衣時間として3分の範囲で社会通念上必要なものであったと解することが相当である(ただし、自衛消防研修、緊急通報実践講習等の講習日については警備服の着用の要否が明らかではなく、労働時間として考慮しない。)。

3.原告主張の一部ではあるが労働時間性が認められた

 以上のとおり、主張の一部ではあるものの、警備員の警備服の着脱について、労働時間性が認められました。

 更衣時間・着替え時間は、開始時刻~終了時刻を特定しなくても「最低限〇分はかかっていたはずだ」という立証の仕方ができるなど、立証の困難さが幾分か緩和されています。そうしたこともあり、議論の対象になることは少なくありません。

 本件の判示は、更衣時間・着替え時間の主張、立証を行うにあたり、実務上参考になります。