弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働時間管理をしていなかった会社による欠勤控除の主張が否定された例

1.残業代請求に対するカウンターとしての欠勤控除

 タイムカード等によって適切に労働時間が管理できていない会社に対して残業代を請求するにあたり、時間外労働を行ったことは、パソコンのログイン・ログオフの時刻や、メールの送信記録、カードキーによる退勤記録など、必ずしも労働時間管理を目的に作られたとはいえない記録を流用して立証することになります。

 その際、所定始業時刻や所定終業時刻とのタイムラグが生じることがあります。例えば、始業時刻が9時00分であった場合、始業時刻と同時に社外からの電話対応にあたり、それが一段落した後、9時10分にパソコンを起動させたとします。残業代請求にあたり、パソコンのログイン時刻を始業時刻として主張すると、この日は9時10分から始業していたという主張を行うことになります。

 これを逆手にとった会社から、欠勤控除を主張されることがあります。

 欠勤控除とは、遅刻、欠勤、早退した分に相当する金額を、賃金から差引くことをいいます。上述の例に即して言うと、

9時00分から9時10分までの時間帯は、ノーワーク・ノーペイの原則に従って本来賃金の支払義務が発生することはない、

そうであるにもかかわらず、規定通りの賃金を支払っており、10分間に対応する賃金が過払いになっている、

ゆえに、過払いになっている賃金分を返せという権利と、残業代の支払い義務とを相殺する、

といった主張がされることになります。事実経過が上述のとおりであったとしても、特定の日のパソコンの起動時間が遅れた理由は、労働者の側で必ずしも明確に覚えているわけではありません。欠勤控除に関する主張がされると、有効な反論を行えないことがあります。働いたことの立証責任は労働者の側にあるため、純理論的に考えると、有効な反論ができない場合、労働者の側が押し負け、欠勤控除の主張が通ることになってしまいます。

 しかし、このような結論はいかにも不当です。

 それでは、上述のような欠勤控除の主張を排斥するための法律構成として、何等かの理屈を組み立てることはできないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令4.3.28労働判例ジャーナル128-30 学校法人目白学園事件です。

2.学校法人目白学園事件

 本件で被告になったのは、目白学園等を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結していた韓国語学科専任講師の方です。平成26年4月1日を始期とする有期労働契約を締結し、その後、2回に渡り有期労働契約を更新したものの、更新上限に達したとして、平成31年3月31日に雇止めにされました。こうした扱いを受けて、

「専任教員については、当初数年間を有期契約とし、概ね2年から3年後には無期契約に移行する運用となていた」

などとして、労働契約法19条2号の雇止め法理の適用を主張し、労働契約上の地位にあることの確認等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 この事件の原告は、地位確認のほか、残業代(時間外勤務手当等)の請求も併合して行いました。

 ただ、被告では労働時間が適切に管理されていなかったため、原告は、パソコンのログイン・ログアウト時刻に基づいて始業時刻、終業時刻を特定しました。

 これに対し、被告は、

「本件パソコンのログイン・ログアウト時刻による労働時間が1日の所定労働時間である7時間に満たない日が相当数ある。被告は、原告が就労していないにもかかわらず誤ってこれらの時間に関して給与を支払ったものであり、原告が被告から当該時間に関して給与を受領したことは法律上の原因なく利益を受けたものであり、被告は、原告に対し、当該給与支給分について欠勤控除をした上で不当利得返還請求権に基づいて返還を求める。」

として欠勤控除を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、前記・・・のとおり、別紙2(「『きょうとソフト』へ出力」シート)の『(d)出校日について、所定労働時間に満たない時間(労働者入力時間から算出)』について、1日の所定労働時間7時間に満たないにもかかわらず被告が誤って欠勤控除することなく賃金を支払ったとして、不当利得返還請求権がある旨主張しており、たしかに、給与規則19条には、勤務しないことにつき特に許可のあった場合を除くほか勤務しない1時間につき給与規則24条に規定する1時間当たりの給与額を減額する旨の規定がある。」

「しかしながら、被告が当時給与規則19条の減額(欠勤控除)を実施することを本当に考えていたのであれば、本件雇用契約で午前9時始業、午後5時終業、休憩60分と規定されていたのであるから、毎日の始業・終業時刻を適切に把握すべく勤怠管理を実施していたはずというべきであるが、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告は、就業規則39条3項で出勤時に出勤簿捺印かタイムカード打刻を義務付ける旨規定しているにもかかわらず、教員について、タイムカードへの打刻を求めず、出勤簿についても年度当初教員に交付したまま年度末の回収時まで放置して日々の押捺について各教員に委ねていて、講義への学生の出席確認や学内会議・行事への出席を確認する限度で出勤を確認していたものの、欠勤が発覚して注意をすることはあっても上記給与規則19条の減額(欠勤控除)をしていなかったと認められる。

かえって、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成29年度の秋学期の5限(午後4時20分から午後5時50分まで)の月曜日及び木曜日に講義を担当し、平成30年度の春学期及び秋学期の5限(同)の月曜日に講義を、水曜日に委員会(年5回)をそれぞれ担当していて、被告としては、本件雇用契約上は『所定時間外労働の有無』について『無』と規定されていたのであるから、原告の担当業務に対応して始業・終業時刻の変更(就業規則39条2項)をするなどして勤怠の基準を明確にすべきであったと考えられるが、そのような対応もしないままにしていたと認められる。

そうすると、被告は、給与規則24条に規定する1時間当たりの給与額を減額する権利(欠勤控除の権利)を放棄していたと認めるほかないというべきである。

「なお、原告は、平成30年1月20日(土曜日)を除き、本件パソコンのログイン時刻からログアウト時刻までの時間を基礎として請求しているものの、この時間以外に労働していないということではなく、本件パソコンのログイン前、ログアウト後、あるいは、研究室への出入りがないまま、出張先で仕事をしたり、学校外の行事に参加したり、自宅に持ち帰った仕事をしたりするなどの労働時間が存在したものの、その労働事実を裏付ける証拠が残存していないため、本件で請求していない旨供述していて・・・、例えば、被告が1時間28分の不足を主張する平成30年6月15日(金曜日)について、原告は、始業時刻が午後0時12分、終業時刻が午後6時44分、休憩時間が1時間で実労働時間が5時間32分とするものの、原告の認識は同日午前8時20分から午前11時15分まで(東京都)小平市所在の教育実習先に学校訪問していたというものであり・・・、原告のカレンダー・・・にも同日の箇所に『教実〈3〉訪問』『AM8:50@小平高』との記載があることから、原告が労働事実に係る客観的な裏付け証拠を提出できない労働時間の存在可能性は否定し難く、原告の上記供述内容が不自然不合理とも評し難いことから、原告の上記供述を排斥して被告主張の欠勤の事実を認めるに足りる証拠は存しないというべきである。」

そもそも被告が欠勤控除を実施したいのであれば、当時厳格な勤怠管理を実施した上で、欠勤と疑う時間があれば原告から事情を確認するなどして認定すべきであったといえ、労働者が実労働時間を主張立証すべきことから提出可能な客観的証拠を踏まえた請求に止めているからといって、原告の請求外の時間について勤務しない時間(欠勤)であったと当然に認めることは困難というべきである。

「したがって、被告の主張する不当利得返還請求権は認められず、被告の予備的相殺の抗弁は採用できない。」

3.欠勤控除の権利の放棄

 上述のとおり、裁判所は、「欠勤控除の権利の放棄」という法律構成を採用し、被告の主張を排斥しました。

 この法律構成は他の事案にも応用可能なもので、同種事案の処理の参考になります。