弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労基法上の労働時間把握義務を怠りつつ、事業場外みなし労働時間制の適用を受けることが許されないとされた例

1.事業場外労働のみなし労働時間制(事業場外みなし労働時間制)

 労働基準法38条の2第1項は、

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。これは一般に「事業場外労働のみなし労働時間制」「事業場外みなし労働時間制」などと呼ばれています。

 「みなす」というのは反証が許されないことを意味します。つまり、所定労働時間以上に働いていたことが立証できたとしても、所定労働時間働いたものとして扱われます。但書があるためあまり無茶はできないにしても、こうしたルールは、しばしば残業代(所定労働時間外の労働の対償)を踏み倒すために濫用されます。

 そのため、事業場外みなし労働時間制の適否をめぐる争いは少なくありません。近時公刊された判例集にも、事業場外みなし労働時間制の適否が争点となった裁判例が掲載されていました。東京地判令4.11.30労働判例ジャーナル138-38 東京精密事件です。

2.東京精密事件

 本件で被告になったのは、各種計測機器及び半導体製造装置の製造販売を主な業務内容とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結し、工業用測定器の販売に従事していた方です。上司Pからパワーハラスメントを受けていることを理由として損害賠償を請求すると共に、未払割増賃金(残業代)を請求する訴えを提起したのが本件です。

 事業場外みなし労働時間制の適用が争われたのは、残業代請求との関係です。原告が営業職として営業業務に従事していたことを理由に、被告は事業場外みなし労働時間制が適用されるとして、残業代の支払義務があることを争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成29年10月1日から被告を退職する平成30年1月31日までの間、被告P3営業所において営業職として従事しており、交渉事が少なく、競合する企業も少ない湖西地区及びその隣接地区を担当していた。」

「原告は、勤務日にまず出社した上、被告から貸与を受けたパソコン、スマートフォン等を携帯して営業に出た。営業先は新規の顧客は少なく、既存の顧客が多かった。原告は、営業を行っている際、スマートフォンに上司から連絡を受け、その指示に従って行動をすることもあった。原告は、夕方営業先からP3営業所に一旦戻り、同営業所内でシステムへの入力等の内勤をした上で退勤した。退勤の際にはパソコン等を自宅に持ち帰っていた。原告は、P3営業所に立ち寄らず直行直帰することもあったが、その頻度は1、2週間に1回くらいであった。」

「原告は、勤怠月報に出勤時刻及び退勤時刻を手動で入力し、P5が月単位で入力時刻の承認を行っていた。また、原告は、営業先、営業先での滞在時間、営業先に関する報告事項、移動時間等を記載した販売員週報を1週間ごとに被告に提出していた。」

「被告は、原告が従事する営業業務は『事業場外で業務に従事した場合』で、かつ、『労働時間を算定し難いとき』に該当するから、労基法38条の2第1項本文に定める事業場外みなし労働時間制の適用があると主張する。」

事業場外みなし労働時間制の適用の要件である『労働時間を算定し難いとき』に当たるかどうかは、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等から判断するのが相当であるが(最高裁判所第二小法廷平成26年1月24日判決・集民246号1頁参照)、使用者が労基法上の労働時間把握義務を怠りつつ、事業場外みなし労働時間制の適用を受けることは、その趣旨に照らして許されないと解される。

「本件についてみると、原告は営業職であったが、原則としてP3営業所に出社して営業に出た後、一旦帰社して退勤していた上、営業先においても被告から貸与を受けたパソコン、スマートフォンを携帯して上司からの指示を受け、営業先、営業先での滞在時間、営業先に関する報告事項、移動時間等を記載した販売員週報を1週間ごとに被告に提出していたのであるから、被告が原告の出勤時刻、退勤時刻、営業先での行動等を把握することに支障があったとは認められない。また、原告が勤怠月報に出勤時刻及び退勤時刻を手動で入力したところ、P5は毎日ではなく月単位で入力時刻の承認を行っていたのであって、被告が労基法上の労働時間把握義務を尽くしていたとはいい難い。

そうすると、原告が従事する営業業務は、『労働時間を算定し難いとき』に該当するとはいえないから、事業場外みなし労働時間制の適用があるとはいえない。したがって、被告の主張は採用できない。

3.労働時間把握義務を怠りつつ、事業場外みなし労働時間制の適用は受けられない

 この裁判例の特徴は、

「使用者が労基法上の労働時間把握義務を怠りつつ、事業場外みなし労働時間制の適用を受けることは、その趣旨に照らして許されない」

と判示しているところです。

 きょうび、パソコンやスマートフォン等の機器を使えば、遠隔で仕事をしている人についても、労働時間を把握できないということは、あまり想定できません。裁判所が、「労働時間把握義務」をどれだけ厳格なものとして想定しているのかは不分明ですが、この理屈が通用するのであれば、事業場外みなし労働時間制のもとで適正な残業代の支払いを受けられていない人の救済に大いに活用できる可能性があります。

 冒頭で述べたとおり、事業場外みなし労働時間制は、濫用的に使われることの多い制度です。その適用を受けることに違和感をもった方は、弁護士に相談してみることをお勧めします。もちろん、当事務所でも相談は受け付けています。