弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

正規職員にかかる人件費を非正規職員に係る新設手当の原資にも充当する就業規則の変更

1.正規職員の労働条件の不利益変更を伴う非正規職員との格差是正

 労働契約法20条に、

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

という規定がありました。

 一般の方には読みにくい条文ですが、要するに、有期労働契約者と無期労働契約者の労働条件に不合理な格差を設けてはならないとする規定です。

 現在、この規定は、廃止され「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム・有期雇用労働法)という名前の法律の第8条、第9条に規定し直されています。

 具体的に言うと、8条が、

「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」

と規定し、

9条が、

「事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において『職務内容同一短時間・有期雇用労働者』という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において『通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者』という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。」

と規定しています。

 このように、現行法上、正規労働者と非正規労働者との間で不合理な労働条件を設けることは禁止されています。

 それでは、正規労働者と非正規労働者との格差是正のため、正規労働者に充てられていた原資を非正規労働者につけかえるような方法をとることは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。山口地判令5.5.24労働経済判例速報2522-15労働判例ジャーナル137-12頁 社会福祉法人B事件です。

2.社会福祉法人B事件

 本件で被告になったのは、医療機関等を経営する社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が山口県内で経営する病院(本件病院)に勤務する正規職員の方複数名です。従来の賃金制度(就業規則)が変更され、扶養手当や住宅手当が減少したなどと主張して、差額賃金の支払いを求め、被告を提訴したのが本件です。

 本件の賃金制度の変更は、パートタイム・有期雇用労働法の改正を意識したものでした。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて就業規則変更の合理性を認めました。結論としても、原告らの請求は棄却されています。

(裁判所の判断)

・本件変更の目的が専ら人件費削減を目的としたであったか

「被告は、パートタイム・有期雇用労働法の改正に伴い、正規職員と非正規職員との間で不合理と評価され得る格差を是正するに当たり、本件旧規定により支給されている手当の趣旨目的を見直した上で、手当の支給目的を納得性のある形で明確化することを本件変更の目的とし、具体的な支給目的に関しては、人材確保対策の一環として、若年層や女性職員が働きやすい手当の実現を目指した旨主張・説明し(乙27参照)、本件変更に携わった証人Aも同旨の供述をする。」

「この点、被告の上記主張と同内容の変更目的は、令和元年11月に本件旧規定の変更が検討され始めた当初より掲げられ・・・、その直後の職員説明会においても本件旧規定の見直しの具体的な方向性について説明されていたところ・・・、同時点では、本件旧規定の変更による具体的な手当支給額の増減は判明しておらず、その後、予想よりも支給額が増加し、当時の支給額を上回ることが判明したため、従前の手当支給額(廃止する持ち家に係る住宅手当相当額を除く。)を超えない範囲で手当の見直しが行われたが・・・、本件変更直前におけるシミュレーション結果においても、廃止する持ち家に係る住宅手当相当額を除くと、従来の手当支給総額よりも月額約11万円増額となる見込みであった・・・こと等が認められる。」

上記のような本件病院における本件変更に至る検討経過、すなわち、本件病院がパートタイム・有期雇用労働法の改正への対応を契機として行った本件旧規定の見直しの結果、手当の支給に関して、納得性のある目的を明確にする必要があるとした上、当初からその旨説明をし、その必要性を踏まえた改定案を示すなどしてきたという経過・・・を踏まえれば、本件変更は、手当の支給目的を納得性のある形で明確化することを目的として行われたものと認められる。

「これに対し、原告らは、本件変更が専ら人件費削減目的であったのにそれを秘してされたものである旨主張する。」

「確かに、証拠・・・によれば、本件病院の収支は黒字の状態が続いているものの、人件費総額が増加傾向にあり、新病院の建築時に予想される診療(医療事業)収入の減少等を踏まえ、人件費比率が更に増加しないようにすべきであるとされ、本件旧規定の変更に当たり、人件費総額が増加しないよう手当の具体的な内容を検討しているとおり・・・、本件病院には人件費の増加を抑制する意図があったことが認められる。しかし、人件費増加の抑制と削減とは異なるものである上、非正規職員に係る手当の新設と人件費総額の増加抑制(人件費総額の維持)を両立させて実現するための手段の一環として、正規職員に係る人件費が非正規職員に係る新設手当の原資にも充てられたにすぎないというべきであるから、本件変更が専ら人件費削減を目的としてされたとは認められない。

「また、本件変更直前のシミュレーション結果・・・によれば、月額約20万円の支給額の減少が既に予測されていたものの、その減少の主たる原因は、持ち家に係る住宅手当相当額(月額約31万円)が本件新規定の支給目的に沿わないとして、組換後の手当の原資とされなかったからにすぎず・・・、本件旧規定における手当が削減されたような形と捉え得る点をもって、本件変更が専ら人件費削減を目的としてされたということもできない。

「よって、原告らの上記主張は採用できない。」

(中略)

・まとめ

「以上を総合すれば、本件病院においては、パートタイム・有期雇用労働法の趣旨に従い、非正規職員への手当の拡充を行うに際し、正規職員と非正規職員との間に格差を設けることの合理的説明が可能か否かの検討を迫られる中で、女性の就労促進及び若年層の確保という重要な課題を抱える本件病院の長期的な経営の観点から、人件費の増加抑制にも配慮しつつ手当の組換えを検討する高度の必要性があったところ(なお、原告らの月額賃金あるいは年収の減額率は高くても数%程度(5%を下回るもの)にとどまるから、就業規則の変更を行わないと使用者の事業が存続することができないというような極めて高度の必要性までは要しない。)、本件変更により正規職員らが被る不利益の程度を低く抑えるべく検討・実施され、また、その検討過程において、本件組合の意見が一部参考にされるなど、本件変更への理解を求めて一定の協議ないし交渉が行われたということができる。なお、手当の支給目的を設定する段階からの見直しであるため、制度が根本的に変わる以上、支給条件が大幅に変更となることもやむを得ず、将来、支給条件を満たす職員が増える可能性もあることや、本件変更直前のシミュレーションによっても、(廃止された持ち家に係る住宅手当分も含め)月額わずか約20万円の減少見込みにとどまったことを踏まえれば、本件変更時点での支給総額をより高額に、あるいは、本件変更による支給減額分をより低額にしなければならなかったものとまではいえず、上記の手当支給目的との関係において、本件旧規定と比較して、本件新規定に係る制度設計を選択する合理性・相当性が肯認されるというべきである。」

「以上によれば、本件変更は合理的なものであると認められる。」

3.正規職員の人件費増加を抑制することによる手当新設

 上述のとおり、本件の裁判所は、正規職員の人件費増加を抑制することで手当を新設し、労働条件格差を是正することを認めました。

 格差解消のための就業規則の変更の合理性を考えるうえで参考になります。