弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アルバイトと正社員等との間での通勤手当の支給に係る労働条件の差異が不合理とされた例

1.労働契約法旧20条

 労働契約法20条に、

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

という規定がありました。

 大雑把に言えば、有期契約社員と無期契約社員との間で、不合理な労働条件格差を設けてはならないとする条文です。

 この規定の理解について、令和2年10月15日に5つの重要な最高裁判決が言い渡されたことは、このブログでもご紹介させて頂いたとおりです。これら最高裁判決が言い渡される前の下級審裁判例ではありますが、近時公刊された判例集に、アルバイトと正社員等との間での通勤手当の支給に係る労働条件の差異を不合理だと判示した裁判例が掲載されていました。横浜地判令2.6.25労働経済判例速報2428-3 アートコーポレーション事件です。

2.アートコーポレーション事件

 本件は、複数の労働者が原告となって、被告会社に対し、時間外勤務手当等を請求した事件です。原告の一人にアルバイト社員がおり(X3)、正社員等に支給されている通勤手当を支給しないことが不法行為にあたるとして、通勤手当相当額の損害賠償を請求する訴訟を併合提起しました。この請求との関係で、通勤手当の支給に係る労働条件格差の差異の適法性が、審理の対象になりました。

 この問題に対し、裁判所は、次のとおり述べて、アルバイトと正社員等との間で通勤手当の支給に差異を設けることは違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「労働契約法20条にいう『期間の定めがあることにより』とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当であるところ、本件において、通勤手当に係る労働条件の相違は、正社員とアルバイトとでそれぞれ異なる就業規則(給与規程)が適用されることにより生じているものであることに鑑みれば、当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。したがって、正社員とアルバイトの通勤手当に関する労働条件は、同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たるということができる。」

「そして、被告会社における通勤手当は、通勤に要する交通費を補填する趣旨で支給されるものと認められるところ、労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではない。また、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは、通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない。その他、通勤手当に差異を設けることが不合理であるとの評価を妨げる事情もうかがわれない。

したがって、被告会社における、正社員とアルバイトである原告X3との間における通勤手当に係る労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当であり、このような通勤手当制度に基づく通勤手当の不支給は、原告X3に対する不法行為を構成する。

3.労契法20条裁判に勝つコツ-職務内容等との関連性の希薄さを突く

 以前、最一小判令2.10.15労働判例1229-58 日本郵便(時給制契約社員ら)事件をご紹介した時に、職務の内容、配置の変更の範囲と関係性の希薄な手当は合理性を否定しやすいのではないかという指摘をさせて頂きました。

有期時給制契約社員と無期正社員との間での年末年始勤務手当・有給病気休暇の付与に係る労働条件の差異が不合理とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 労契法20条の条文構造は、職務内容等を考慮して労働条件の相違に不合理性が認められるか否かを判断する形になっています。そして、特定の手当と職務内容等とが結びついている場合、職務内容等の差異は手当支給の差異を肯定する方向に働きがちです。平等や差別禁止は、同じものは同じに、異なるものは異なるものとして扱うことを求める概念だからです。

 正社員と有期契約社員とでは多かれ少なかれ職務内容等が異なっているのが通常です。そのため、労働条件の格差が不合理であることを論証しようと思った場合、当該格差の職務内容等との結びつきが強調されることは好ましくありません。異なるものは異なるものとして扱うのが合理的であるというベクトルが働いてしまうからです。

 つまり、労契法20条裁判で勝とうと思った場合、いかに当該格差が職務内容等とは関係のない趣旨であるのかを論証することが肝になります。職務内容等との関係性の希薄さを示すことができれば、職務内容等の相違が格差の存在を肯定する方向に働かなくなるからです。

 本件で比較的あっさりと原告X3の主張が認められたのも、通勤手当の趣旨を、単純に、

「通勤に要する交通費を補填する趣旨で支給されるもの」

と定義付けられたのが良かったのだと思います。

 このように理解すれば、裁判所の言うとおり、

「職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは、通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない」

ため、職務内容等の差異が手当の要否の差異に影響することを遮断できるからです。

 労契法20条裁判を行うにあたっては、職務内容等が違っていてもなお同様に取り扱うべきだという立論(同様に扱わなければ不合理だとする立論)は通りにくいように思われます。したがって、いかに労働条件の差異と職務内容等との関係性が希薄であるかを論証することが重要なポイントになります。このことは、今後、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条及び第9条を根拠とする訴訟を追行するにあたり、留意しておくべきだろうと思います。