弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

グダグダなルールは守ると損?-朝のラジオ体操の労働時間性

1.労働基準法上の労働時間

 労働基準法上の労働時間とは、

「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」

とされています(最一小判平12.3.9労働判例778-11三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件)。

 それでは、引越会社が、朝、朝礼前に実施していたラジオ体操の時間は労働時間に該当するのでしょうか? 昨日ご紹介した横浜地判令2.6.25労働経済判例速報2428-3 アートコーポレーション事件は、この問題についても審理・判断をしています。

2.アートコーポレーション事件

 本件は、引越作業やドライバー業務についていた複数の労働者が原告となって、被告会社(引越会社)に対し、時間外勤務手当等を請求した事件です。早出残業の始業時刻の認定をめぐり、朝礼前に行われていたラジオ体操の労働時間性が判断の対象になりました。

 この問題について、裁判所は次のとおり判示し、ラジオ体操の労働時間性を否定しました。

(裁判所の判断)

被告会社の横浜都築支店においては、出社した正社員は、まずICカードを打刻し(常勤アルバイトはICカードを打刻しない。)、制服に着替え、午前7時10分頃になると、現場の役職者がラジオ体操の音楽を流し、午前7時15分頃から朝礼が開始されていた(朝礼の開始時刻は、玉川支店から横浜都築支店に移転する前から午前7時15分であった)。

「朝礼においては、社訓である『Bの誓い』の唱和が行われた後、役職者及び支店長から、直近で起きた交通事故、引越事故、近隣住民からのクレームを踏まえた注意喚起、熱中症予防の対策、物販成績の周知などの業務上の伝達等が行われ、午前7時20分頃には終了していた。」

「朝礼終了後は、前日に作業の準備をしていない場合はその準備作業を行うことに加えて、そうでない場合も、当日に販売する物販品の積込み及びトラックの運行前点検を行い、さらに、段ボール配達を指示されたときはその積込み作業を行うこととなっており、当日駅でトラックに乗せるアルバイトの制服の積込みや顧客情報・現場ルートの確認を行うこともあった。」

「支店を出発した後は、顧客のところに行く前に、駅でアルバイトをトラックに乗せることもあった。作業当日の1件目の引越は、午前8時に開始することが多く、被告会社の従業員らは、顧客には、余裕を持って、午前8時から午前8時30分の間で伺う旨伝えていた。・・・」

「原告らは、出勤して朝礼が始まる前の間に、制服への更衣時間を含めて合計7分から18分の作業時間が必要となると主張する。原告らが主張する当日の準備は、朝礼前の制服への着替え(3分)のほか、①段ボール等の資材の準備(5~10分)、②駅で合流するアルバイトの制服準備(2~3分)、③顧客情報・現場ルートの確認(2~3分)、④物販品の積込み(2分)、⑤トラックの運行前点検(3分)であるが、これらの作業のうち、①ないし③は、原告らの供述によっても、必ずしも毎日行っている作業ではない・・・。上記①ないし③を除いた当日の準備(④及び⑤)に要する時間は、原告らの説明によっても5分程度であり、これに上記①ないし③のどれか、又は前日準備できなかった場合の準備作業が加わったとしても、朝礼が始まる前の間にこれらの作業をしなくとも、午前7時30分頃には、支店を出発することができたものと推認される。支店から1件目の顧客のところまでは、原告X2及び原告X1の説明によっても、駅でアルバイトと合流するなどして長くかかっても1時間というのであるから・・・、午前7時30分頃に出発すれば、1件目の顧客のところには、あらかじめ作業員の到着事項として顧客に告げてある午前8時30分ころまでに到着できるのであり、原告らが出勤して朝礼が始まる前の間に、原告らが主張するような準備時間が必要になるとは認められない。なお、原告らが管理職から午前7時に出勤するように言われたことを認めるに足りる証拠はない。」

「もっとも、上記認定事実によれば、被告会社においては、制服を着用することが義務付けられ、朝礼の前に着替えを済ませることになっていたところ、その時間及び朝礼の時間以降は、被告会社の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、これに要する時間は、それが社会通念上相当と認められる限り、労働基準法上の労働時間に該当するというべきである。ただし、ラジオ体操の時間については、従業員全員がその開始前に集合しているわけではなく、音楽が流れてから順次集まってくるという状況であり、支店長らもその時点では必ずしも朝礼の場にいなかったというのであるから・・・、参加が義務付けられていた朝礼に含めることはできず、それ自体としては、被告会社の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない。

「制服への着替えに要する時間は、原告X2は1ないし2分・・・、原告X1は3分くらい・・・と供述しているところ、これに朝礼の場所への移動時間等も考慮して、午前7時15分から開始される朝礼前の準備作業として5分程度を要するものとし、午前7時10分を標準的な始業時刻として認める。」

「したがって、原告らにおいて、標準的な時刻(午前7時30分又は午前7時15分)に出勤すべきとされていた日については、始業時刻を午前7時10分と認める(ただし、ICカード打刻の時刻が午前7時10分を過ぎている場合はその時間とする。)。」

3.弛緩したルールは守るだけ損?

 就業日に、

「現場の役職者がラジオ体操の音楽を流」

すことが定例化していたのであれば、朝礼前のラジオ体操は、何等かのルールになっていたのだろうとは思います。

 しかし、音楽が流れてから順次従業員が集まってくるといった状況で、支店長もいたりいなかったりするという弛み切った為体では、参加が義務付けられていたとはいえないとして、裁判所は、ラジオ体操の労働時間性を否定しました。

 こうしてみると、律儀にラジオ体操に出席していた従業員が割を食うようで、やるせない気持ちになります。残業代という観点からは、弛緩したルールは守ったところで、それが労働時間として評価されるとは限らず、守るだけ損と言えそうです。